映画業界でも異例の一般女性出資・主演による注目作が9月4日、ついに公開される。『いかレスラー』『三大怪獣グルメ』など数々の特撮コメディ映画を手掛けた河崎実監督がメガホンをとった『メグ♡ライオン』(配給TOCANA)だ。事の発端は昨年末に売り出された日本橋三越本店の2019年新春福袋企画として450万円(税込500万円)で販売された「あなたをSFコメディ映画の主役に!」だった。そんな福袋企画を手にしたのが、今回主演女優を務める長谷摩美さんだ。
作品は「50代の“さえないOL”獅戸めぐの前に、ある日、空から全裸のイケメン・ジョナサンが現れる。めぐは、彼から『あなたはキングライオン星の王女であり、銀河連邦100億個の星の王家の娘なのです』と打ち明けられ、口づけによって美女に大変身。しかし、彼女の秘密の力を手に入れようと、ウルトラタイガー星人の魔の手が迫ってくる」というもの。
長谷さんのほか、マジカル・パンチラインの浅野杏奈さんを、めぐの正体であるキングライオン星の王女役、ワイドショー番組『5時に夢中!』で知られるジョナサン・シガー氏に王女を愛する勇者役としてそれぞれキャスティングし、岩井志麻子さん、特撮ドラマ「ウルトラマンレオ」の真夏竜氏が脇を固めた。
素人であればしり込みしそうな俳優陣だ。加えて500万円という金額は業界としては低予算であるものの、一般的になかなかポンと出せる金額ではない。そもそも主演の長谷さんはいったいどんな人物なのか。また、どんな思いでこの福袋を手にし、映画に出演することになったのか。
長谷さんと河崎監督に事の経緯と、新型コロナウイルス感染症に伴い、自粛と節制の暗い空気が覆いつつある日本全国の人々へのメッセージを聞いた。
500万円は「推しアイドル」への貯金、出演するつもりなかった
<長谷さん、河崎監督インタビュー>
――そもそもどのような経緯でこの映画企画を購入し、主演しようとお考えになられたんですか?
長谷摩美氏(以下、長谷) 当初は自分が出演する気はなかったんです。私、実はアイドルが好きなんです。ある日、テレビで見たアイドルの娘が秋葉原で会えるアイドル(編注:AKBではない)だったんです。そして秋葉原にいって彼女に会ったら、すごい良い娘だったのでずっと応援していてんです。ところが、そのアイドルグループの運営が使えない運営だったもので、彼女は辞めてしまったんです。
彼女が働いていたお店は、お客さんのランクがありました。お客さんがお金を使えば使うほどカードランクがあがっていくんです。その最高ランクになるためには500万円つかわないといけないんです。
彼女が辞めた日、「もう帰ってこないんだろうな。あたしがその店で500万円つかっても、こんなところでアイドルとして売れるわけはないな。それだったら、私が自分のためだけに500万円を彼女のためにつかったら人生変わるんじゃないのかな」と思ったんです。
でも私は芸能関係者ではないので、彼女のために500万円をどう使えば良いのかわかりませんでした。もう、どうにもならないと思っていたら、その年の12月に日本橋三越さんの福袋で川崎監督が映画を撮ってくれるという企画を見つけたんです。
「これだ!」と思いました。
もし福袋を手に入れることができたら、自分が彼女に連絡を取って映画に出演してもらおうと考えたんです。彼女にアイドルとして記念に、何かを残してほしかったんです。そして、万が一、その娘が出ないと言ったら、私がやろうと思ったんです。
勤務先は国家機密の事務職です
――なかなか500万円をポンと払うのは難しいことです。
長谷 そのお金は、マンションを買おうと思って貯めていたんです。まず衣食住のうち、住を確保したいと考えていました。でも、病気になってしまって。その時、マンションを買ったらほっとして、死んじゃうかもしれない。そうしたら、なんにもならないなと思ったんです。
それだったら借家にいて、自分の好きなことをしようと考え直しました。今回、福袋を購入したことで、ネット上では「金持ちのババア」とか言われているんですが、ババアだけど、金持ちではありません。
ちなみに仕事は世間でいうところのお堅い仕事をしています。具体的な勤務先は国家秘密です(笑) ざっくりいうと事務職です。
――この企画に大金を使うことに葛藤はなかったんですか?
長谷 5秒ぐらい考えました(笑)それでも私にとって、500万円という値段が大事だったんです。辞めてしまったアイドルの娘の店の「最高カードランクは500万円」ということがずっと頭にありました。そんな時、三越さんの福袋企画を知って「河崎実監督の映画が500万円!えー!」とびっくりしたんです。そして5秒ぐらい、「同居している妹が怒るかな」と悩みました。
――河崎監督の作品は以前からご覧になられていたのですか?
長谷 私が20代のころ『地球防衛少女イコちゃん』という素晴らしい作品を見て以来、ファンでした。それからもう30年くらいたつんですが、監督はずっとおもしろい映画を撮り続けています。首尾一貫してそういう作品を撮り続ける方は尊敬できる、信用できる大人です。
――いろんなタイミングがかみ合って、三越さんの福袋をゲットすることになったわけですね。そしてさらにいろいろあって、ご自身が出演することになったと?
長谷 福袋を手に入れてから、彼女に連絡しようとしました。まず監督に許可をとらなくてはいけないなと思い、顔合わせの時に監督に相談しようと思いました。
そしたら監督が「相手役とか誰でも言って良いんですよ!」と。ただ自分が出るとは思っていなかったから、相手役のことはまったく考えていませんでした。とりあえず彼女を出してくださいというのしかありませんでした。一方で、これはワンチャンいってみるか、と思って「ジャニーズいいですか?」って聞いたら「はい、それはダメです!」と。あんなに、誰でも良いって言っていたのに……。
河崎実監督(以下、河崎) それは常識で考えてください。俺がジャニーズを撮るわけがないじゃないですか!
長谷 相手役はさておき、元アイドルグループのキャストの子だったら彼女に連絡が取れるかもしれないと思い、まず彼女のインスタグラムに出演打診のダイレクトメッセージを送り、それを見るように連絡してもらいました。そうしたら彼女から連絡がきたんです。
「今は会社で働いています。正社員でがんばっています。辞めた後もいろいろ考えてくれて、ありがとう。すごいうれしいです。でも、今は会社のために資格を取っています。これからの人生や自分を採用してくれた会社のことを考えたら、やっぱり今回はお断りします。でも本当にありがとう」
そんな返事がきました。私が思っていた通りの良い娘だったです。
河崎 このヤクザな業界にいるような娘じゃなかった。もしその時、その子がOKしていたら主演になっていました。
長谷 もし私が無理強いをして出演させたら、私がその娘の人生を変えてしまいます。そんな権利は私にはありません。しっかり、考えてくれて本当に良かったなと思いました。それだけで福袋を買った甲斐がありました。彼女にはぜひ、完成した映画を見てみらいたいと思っています。
素人とは思えない好演も「お世辞ではないかと疑っていた」
――長谷さんは素人とは思えないしっかりした演技をされています。
河崎 びっくりしました。演技はいきなり演技指導してうまくなるものじゃありません。俳優や役者はもともとの技術ができている上に、現場で演技指導をします。
今回はこういう企画なので、素人が来るわけだから棒読みを想定していました。その方が笑えます。ところが、長谷さんは上手かった。
――長谷さんは演劇の経験などがあるのですか?
長谷 中学校の時に演劇部にいたくらいです。文化祭で劇をやったのですが、緊張して2つあったうちのセリフを全部飛ばすくらいひどかったです。
河崎 演技のセンスは天性のセンスです。共演した芸歴40年、「ウルトラマンレオ」の真夏竜さんがびっくりしていましたから。「長谷さんうまいじゃないですか」って。
長谷 その時、私は疑っていました。私が全部出資しているから、みんなお世辞を言っているのだと思っていました。私がへそを曲げたら、この映画は終わるわけじゃないですか。
河崎 「はい撮影中止!」とかね。「長谷様が怒ったから!」って。
長谷 だから、「みんな必死に褒めているんだ」と思っていたんです。
素人出資・主演映画という新しいビジネスモデル
河崎 長い映画の歴史で、出資した人が主演というのはなかなかないんじゃないですかね。史上初だと思いますよ。500万円は映画にしては少額ですが。
――実際、このような形式で製作されてみてどうでしたか?
河崎 いやぁ、笑いましたよ。映画はアニメと違います。アニメはコンテ通りに作りますが、映画はキャスティングによって何が起こるかわかりません。代役もしょっちゅうです。
そんなハプニング性を楽しむというか。ビジネスもそうだと思います。つまり想定外のことが発生した時にどう対処し、よい物にするのかということです。今回の作品も、キャストも長谷さんじゃなければ、全然違うものができていました。オンリーワンのコンテンツです。
そういう意味で、豆腐とかコロッケを作るのとはやっぱり違うんですね。料理は良い素材で良いものを作っていれば、お客様が来てくれる。でも、映画は毎回毎回、“変なもの”ができていく。そこにこそ、このコンテンツの面白さがあるんです。
今回は、ライオンが戦うような特撮がある一方、メグ・ライアンのパクリだというところがキャッチ―だったと思います。そもそも『快傑ライオン丸』(編注:1972~73年、フジテレビ系で放送された戦国時代を舞台にした特撮ヒーロードラマ)をやりたかったんです。それとメグ・ライアンの合わせ技です。ちなみにメグ・ライアンの映画は一本も見ていません。
―――あくまでメグ・ライアンさんが出ているような映画のイメージということでしょうか(笑)
河崎 ラブコメは馬鹿にしていますからね。怪獣でないだろうって。
「人生で1回は馬鹿なことをやってみてほしい」
――当初、長谷さんが応援し、出演を望んでいらっしゃった元アイドルの彼女に伝えたいことはありますか?
長谷 そのアイドルグループ所属のメンバー2人と、そこに前いた娘1人の計3人に出演してもらいました。インディーズのアイドル業界という小さいパイの中で戦っているだけでは、ぜったい外の世界は見られないので、「映画出ようぜ」ってお誘いしました。
みんな、楽しかったって言ってくれました。今、苦しいことがあっても、どんな仕事とかでも、楽しいことはあります。「楽しく生きようぜ」と伝えたいです。
――新型コロナの影響で、日本全国に自粛ムードが漂いつつあると思います。皆さんに訴えかけたいメッセージはありますか?
長谷 私にとってめちゃくちゃ500万円は大金でした。でも今は、それこそ明日何がおこるかわからないじゃないですか。だったら「人生、1回くらい馬鹿なことをやろうよ」と伝えたいです。私は東京在住なのですが、普段から納得いかないのが自動車です。こんなに交通の便がいいのに、なぜあんなにお金をかけているんだろうと疑問でした。
新車を買い替えたりしたら500万円どころじゃありませんよね。それに使うくらいだったら普段から電車に乗って、500万円は好きに使ったほうがいいと思います。
「あんな馬鹿なことを」と言われても、私が使った500万円でたくさんの方々が喜んでくれているのは事実です。出演したキャストの皆さんのファンもめちゃくちゃ喜んでくれています。それだけも、この企画に出資してよかったと思います。
河崎 ちなみに私はずっと馬鹿なことをやっています(笑)
(構成=編集部)