鈴木亮平が主演を務めるNHK大河ドラマ『西郷どん』の第16回が4月29日に放送された。幕政の改革を目指していた島津斉彬(渡辺謙)の急逝を知った西郷吉之助(鈴木)は、その遺志を継ぐべく、水戸藩を動かそうと画策する。だが、その動きを察知した井伊直弼(佐野史郎)は先手を打ち、自らに逆らう者たちを次々に捕らえて処罰し始めた。朝廷への工作を引き受けていた月照(尾上菊之助)にも幕府の手が迫ったため、吉之助は彼を連れて薩摩への逃避行を始めた――という展開だった。
脚本担当の中園ミホ氏は、放送前のコメントで吉之助と月照との関係を「ボーイズラブ」と表現して話題を集めた。賛否両論があったにせよ、当然、その部分は力を入れて描写するだろうと思った人も多かったはずだ。だが、実際にふたを開けてみれば、今回も吉之助と月照の交流は意外とあっさりとしていた。2人の間で目ぼしいやり取りといえば、斉彬の後を追おうと思い詰める吉之助を見て、「生きて斉彬の遺志を継ぐように」と月照が声を掛けたことくらい。別に「ボーイズラブ」を期待していたわけではないが、力を入れて描いてこの程度なのかと愕然とした。
これに限らず、『西郷どん』は言葉のやり取りが軽く、人物の行動もおおむね行き当たりばったりだ。今回の吉之助の言動に限っても、「命に代えても月照を守る」と大見得を切ったかと思えば、絶望して1人で腹を切ろうとし、次の瞬間には斉彬の幻影を見て「生きて殿の思いを果たす」と決意する。言っていることがコロコロ変わりすぎて、なんの重みもない。
しかも、たった今「生きる」と決意した吉之助を見たばかりなのに、直後の予告ではいきなり身投げした2人の映像が流れる。サブタイトルは『西郷入水』。いやいや、「生きるんじゃなかったのか!」とツッコミを入れずにはいられない。「生きて遺志を継げ」と諭した月照まで身投げしているのはなんなのか。何をどうしたらこんなことになるのか、さっぱりわからない。もちろん、吉之助と月照が入水したのは史実ではあるが、そこに至るまでの2人の描き方はどう考えてもおかしい。
自害しようとした吉之助の前に、斉彬の幻影もしくは霊が現れるという演出も陳腐だ。視聴者を泣かせようとしたのだろうが、インターネット上には「スターウォーズみたい」「ジュディ・オングの衣装みたい」など、妙なマント姿へのツッコミが多く見られた。しかもこの斉彬、偉そうに「お前は一体何を学んできたんだ」と吉之助に説教を垂れてくるが、斉彬が吉之助に何かを伝授している描写などあっただろうか。
ドラマ公式サイトで鈴木が「吉之助のバディ」と紹介した橋本左内(風間俊介)も結局、吉之助と大した交流がないままに幕府に捕縛されてしまった。そもそもこのドラマにおいて、橋本左内はそんなに幕府に敵対したのだろうか。やったことといえば、吉之助と2人でちょこちょこ一橋慶喜(松田翔太)に会いに行き、彼の業績をまとめた本を世間にばらまいたことくらい。捕縛される必然性がない。
わからないといえば、慶喜など徳川家の人間が井伊直弼に意見しただけで処罰されてしまうのも説明不足だ。なぜ大老ごときが徳川家血筋の者より立場が上なのか、ドラマを観ただけではさっぱりわからない。中園氏は歴史に詳しくないと公言しているが、それゆえに「視聴者が何をわからないかもわからない」状態なのではないかと推察する。
(文=吉川織部/ドラマウォッチャー)