飲食店に行くと、家族や友人などの同行者がいて目の前にはできたての食事があるのに、スマートフォン(スマホ)に夢中になっている人を見かける。それも、老若男女問わず。ハマりやすくて切り上げにくいスマホを、意志や根性でなんとかするのは難しい。
本連載では、以前の記事で「決められた時間はスマホを通話以外使えないようにし、どうしても使いたいなら100円課金する」というユニークなアプリ「タイマーロック3」を紹介した。
今回は、「タイマーロック3」の開発、プログラムを担当し、「タイマーロック」シリーズを用いた各種スマホ依存対策の研究を行う福井大学の長谷川達人氏に、「技術」を使った依存対策の取り組みについて話を聞いた。
スマホ依存に効く?ゲーミフィケーションとは
――「タイマーロック3」は、自分で設定した時間は通話以外のすべての機能を制限し、それでもスマホを使いたい場合は100円課金するというアプリです。
親が子どものスマホ利用を制限するアプリでは「アダルトやギャンブル要素を完全に見られないようにする」というタイプを多く見かけますが、完全カットではなく、「スマホを使いにくくする」ことで利用制限を促すアプリはユニークです。こういったアプリは、「タイマーロック3」以外にもあるのでしょうか。
長谷川達人氏(以下、長谷川) はい。こういった製品は大きく2種類に分類でき、ひとつ目は自分の意思でスマホ依存を改善する支援をするアプリです。「Forest」は、スマホを利用しないほど木が成長するといったゲーム要素を用いて、スマホ依存の改善を支援しています。
2つ目は、強制的にスマホを利用できない時間をつくるアプリです。「タイマーロック3」のように指定した時間はスマホが使えなくなるものや、アプリごとに利用時間を設定し、その時間を過ぎるとアプリが使えなくなる「スマホはオワリー」などもありますね。
今、私は「タイマーロック3」を使い、ゲーミフィケーション技術を加えて、ユーザを対象にした依存対策の実験を行っています。
――ゲーミフィケーションとは、どのような考えなのでしょうか。
長谷川 仕事や学習などの活動において、ゲームの考え方や要素を用いて人のモチベーションを向上させる取り組みのことです。
具体的に「どうすればゲーミフィケーションか」という手順は確立されていませんが、たとえば深田浩嗣氏の書籍『ゲームにすればうまくいく』(NHK出版)では、「可視化、目標、オンボーディング(とっつきやすさ)、世界観、ソーシャル、チューニング(ユーザの状況をチェックし内容をカスタマイズすること)、上級者向け、ゴール、おもてなし」の9つを要素として挙げています。
私の今回の実験では、「可視化(数値化する)」を中心に「オンボーディング(初心者でも使いやすい)」「ゴール(サービスを通じて利用者が得たい価値を提供する)」に基づいた設計を行いました。
もちろん、もっと多くのおもしろいゲーム要素を導入することで、より高い効果が見込まれることは想像がつきます。しかし、研究として一つひとつの要素が効果を発揮するのかを分析するため、今回はゲーム要素を限定しました。
――「可視化」は、何を「見える化」するのでしょうか。
長谷川 「タイマーロック3」は、ユーザが事前に決めた時間、スマホを利用できなくする仕組みです。そこで、それまでユーザ自身が設定してスマホを制限できた時間を「時間貯金箱」として、貯金箱の絵と共に表示するようにしました。
また、「タイマーロック3」は利用制限中に使いたくなってしまったときは100円を課金する仕組みですが、「課金の累計額」も表示させるようにしました。
――今まで貯めた時間は、「これまでがんばってきた軌跡」ですね。課金額は、0円の人なら「キープしよう」と思いますし、課金の多い人では「もう課金はまずい」という抑止が期待できますね。
長谷川 はい。実験では、「時間貯金箱」や「課金の累計額」を表示させるグループと表示させないグループに分け、その行動を比較しました。
総課金額が表示されたほうが課金率が上がる?
――実験の結果は、いかがでしたか?
長谷川 有意(統計上、偶然とは考えにくいもの)な差が得られたもののなかに、「時間貯金箱の表示があるほうが、ないほうよりもロックを行った回数が約1.3倍多かった」という結果がありました。
――「今まで、これだけの時間スマホを見ずに済んでいた」という情報を可視化することは、抑止に効果ありだったんですね。
長谷川 はい。しかし、「時間貯金箱の表示があるほうが、1週間後もロックを継続できているか」については、有意な差が得られませんでした。
――「今まで、これだけの時間スマホを見ずに済んでいた」というのは、最初の数日はやる気につながり、さらなる「タイマーロック3」による“節ネット”が進むものの、いずれその効果にも飽きがきてしまうと。
長谷川 現状ではロック時に貯金箱を表示するだけなので、継続することに楽しさを見いだすような仕組みの開発も、今後の課題です。ただ、実は今進めている分析によって、継続率は年齢層によって傾向が異なる可能性を確認しています。今後の発表に期待していてください。
一方、意外な結果として、「総課金額が表示されているグループのほうが、そうでないグループより課金率が1.9倍高い」というものがありました。
――意外ですね、今までにいくら課金したかを見たら、もう課金したくなくなるように思えます。
長谷川 「一度課金したから、また課金していいか」と課金のハードルが下がってしまった可能性も考えられます。
――「0」と「1」の間に大きな差があって、一度「1」になってしまうと、それが「10」や「100」になることへの抵抗は弱まるのかもしれませんね。
「親が子どもに無理矢理導入」は逆効果?
長谷川 こちらとは別に実施した、「タイマーロック1」を用いた実験では、調査対象を以下の3タイプに分類しました。
1.「セルフユーザ」……自分で「タイマーロック1」を導入したユーザ
2.「チャイルドユーザ」……親に勧められ納得して「タイマーロック1」を導入したユーザ
3.「フォースドユーザ」……親に「タイマーロック1」を納得いかないまま導入させられたユーザ
アンケートでは、「自分のスマートフォン利用に弊害を感じている」「タイマーロックを利用してよかった」の2つの問いに、「はい」と答えたユーザは、セルフユーザ>チャイルドユーザ>フォースドユーザの順になりました。
――そもそも「自分でなんとかしよう」と思わない人に無理矢理勧めたところで目覚ましい成果は得られにくい、ということが結果として出ているんですね。
長谷川 たとえば、ファミコンのようなゲーム機なら「親が隠す」ということもできましたが、携帯電話やスマホは子どもの塾通いなど必要に迫られて渡すケースが多いので、「隠す」をすると必要な機能も使えなくなってしまいます。
そこで、必要最低限以外の「機能を隠す」という手法を取ったのが「タイマーロック」シリーズです。しかし、先ほど述べたように、自分で改善したいと思わない人に無理矢理使わせても改善効果が弱いという結果も出ています。
そのため、親が子どもに教育目的で使用する場合には、しっかり両者で話し合いをして合意やルールを決めた上で、「タイマーロック」はあくまでツールとして使用していただくのが望ましいと思います。
――ありがとうございました。
スマホ依存を「予防」する仕組みが大切
「自分のスマホ利用を、もう少しなんとかしたい」と思う人は、今回紹介したゲーミフィケーションの「可視化」の考えを活用しない手はないだろう。
たとえば、ベネッセコーポレーションが提供する「スマホ利用時間チェッカー」は、自分がスマホでどのようなアプリを何分使ったかがわかるアプリだ。現状を知ってショックを受けることから、すべてが始まる。
また、「可視化された結果を見ることは、最初は効果が出るが時間がたつと効果が弱まる」という点も考慮したい。何しろ、スマホは魅力的だ。あの手この手で自分のスマホ利用制限を鼓舞していく仕組みを、継続して持つことが大切だろう。
そして、インターネットに限らずあらゆる依存において、症状が重篤化して社会生活を送ることが困難になった人への支援は必要だが、同時に今回の「タイマーロック」のような、「そこまで症状が重くならないうちに自分で気づいて、自力で軌道修正する人を増やす」という「予防」の取り組みも同じくらい大切だ。
「依存」に関する報道は、どうしても「重篤化した人への対応」が多い。本連載では、今後も「予防」に向けた取り組みを紹介していきたい。
(文・構成=石徹白未亜/ライター)
【参考資料】
『子供のスマートフォン依存を抑制する画面ロックアプリケーション』(情報処理学会論文誌教育とコンピュータ Vol.1 No.3<2015年7月>、長谷川達人、越野亮、葭田護、木村春彦)
『ゲーミフィケーションを用いたスマホ依存抑制のための画面ロックアプリケーション』(情報処理学会研究報告 Vol,2017-CE-139 No.10 2017/3/11、長谷川達人、葭田護)
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