中国・武漢市で発生し、世界中で猛威を振るっている新型コロナウイルスの現場対応にあたっていた内閣官房の男性職員(37)が1日、亡くなった。一連の世界的な感染症の大流行に絡む日本国内で初めての死者となってしまった。男性は国立保健医療科学院(埼玉県和光市)の上層階から飛び降りたとみられている。同施設には、武漢市周辺から帰国した邦人が収容されていて、男性は帰国者の対応にあたっていたという。
男性は国立大学を卒業後、警視庁から警察庁へ出向。これまで企画課、公安総務課などを経て内閣官房に派遣され、内閣官房副長官補(事態対処危機管理担当付)に就いていた。
「未来の警察庁のエースがなぜ」
国家公安員会の公式ホームページには、国家公務員として入庁した警察官のキャリアが次のように説明されている。
「キャリア警察官は、警部補として採用されると、警察大学校での研修や都道府県警察での9か月間の見習い勤務を経験しただけで、1年2か月後には警部に昇進する。その後、約2年間の警察庁勤務を経て、4年目には警視に昇進(今年からは警視昇任を順次延長)、県警の捜査2課長や公安課長などのポストに出向する」
亡くなった男性職員は警察庁から内閣官房へ派遣されている。これには大きな意味があると、警察庁と同じ施設に本庁舎のある総務省キャリアが話す。
「まず30代という若さで、各省庁の未来のエースたちとの人脈ができます。これは、何事にも代えがたい財産です。特に、こうした省庁横断的な対応が求められる事案で築いた人脈は、他の業務で知り合った者とはくらべものにならないくらい強固なつながりになり得ます。
また最近、警察庁キャリアにとっては『内閣官房に一枚噛むことができるかどうか』が特に重要なステップになりつつあります。次期警察庁長官間違いなしと言われている、警察庁次長の中村格氏と菅義偉官房長官との強固な結びつきを見てもわかる通り、首相や官房長官など政権中枢とのコネが確実にできるからです」
政府に最も振り回される役回り
一方で、警視庁関係者は次のように話す。
「簡潔に言うと、政府に最も振り回される部署だと言えます。良い意味でも、悪い意味でもここ数年の霞ヶ関の官僚組織改革で、首相官邸のトップダウン方式で現場が展開するようになりました。内閣官房の職員はその扇の要です。
どのように振り回されようとも、政府の指示を必ず形にしなければならない厳しいプレッシャーがあると聞きます。当然、政治的なセンスも求められます。警察官僚としてタフで体力もあったとは思いますが、それとは違う頑丈さも求められます」
確かに複数の報道によると、男性職員は武漢からの帰国者の“相談窓口業務”を担っていたという。その際、「帰国者から心無いクレームを受けた」ということもクローズアップされている。
遺書も見つかっていないのに「わかりやすい筋立て」
だがそうした指摘に、前出の警視庁関係者は首をかしげる。
「『2日間寝ていないという過酷な状況だった』との報道や、『帰国者の激しいクレームがあった』ことなどが報じられていますが、それが主たる原因だったのか個人的には疑問に思います。いずれも状況証拠ですし、遺書もまだ見つかっていないのに、ずいぶん早く『わかりやすい筋立』がマスコミに出てくるな、と思います。こんな形で処理されてしまうことに失望を通り越して、怒りを感じます。
少なくとも警察庁に入庁後、10年程度経っていることを考えれば、今回以上の修羅場はあったはずです。若いころに比べれば無理できない年齢ではありますが、どうにも腑に落ちません。“死人に口なし”は警察官が最もしてはならないことです。死者の声に耳を傾けなければ、我々がいる意味がないからです」
新型肺炎の帰国者対応の計画に不備はなかったのか。適切な人員の増援はあったのか。こうした事態が起こったのは誰の責任なのか。内閣官房や政府は、非常時対応や同職員が自殺に至った経緯について調べる必要がある。新型肺炎騒動は現在も進行中だが、この痛ましい事件を「済んだこと」にしてはならない。
(文=編集部)