ヤクザが乗るクルマといえば、黒塗りの「メルセデス・ベンツ」(独ダイムラー)が圧倒的多数を占めていた。しかし、近年、そんな「ヤクザ=ベンツ」という図式に異変が見られるという。
実際、多くの暴力団が事務所を構える新宿・歌舞伎町を歩いて観察してみると、いかにもコワモテといった風貌の人たちは、トヨタ自動車の高級サルーン「センチュリー」に乗っていることが多く、次に目につくのは、同じくトヨタの高級セダン「レクサス」だ。やはり、ベンツに乗るヤクザは少なくなった印象を受ける。
日本自動車輸入組合が発表した2015年の輸入車ブランド別販売台数によると、ベンツはシェア19.83%で、独フォルクスワーゲンや独BMWを抑えて16年ぶりのトップとなっている。しかし、ヤクザ業界では“ベンツ離れ”が生じている。その背景には、業界特有の裏事情があるという。
ヤクザのベンツ離れの裏事情
「レクサスをはじめ、トヨタのミニバンの『アルファード』『ヴェルファイア』など、ヤクザ業界にベンツ以外のクルマが増えているのは事実です。しかし、それはヤクザ業界でベンツの人気が低下したということではありません」
そう語るのは、暴力団事情に詳しい“ヤクザ・コメンテーター”の上野友行氏だ。
暴力団対策法による取り締まり強化や山口組と神戸山口組の抗争の影響など、ヤクザに対する風当たりは、これまで以上に厳しいものになっている。ヤクザがヤクザらしく振る舞えば、それだけリスクも高まるのだという。
「今の時代、ヤクザとわかったら、すぐに警察に職質(職務質問)を受けます。いかにもヤクザといった感じのベンツよりも、それ以外のクルマに乗るほうが職質を受けにくい。そして、もうひとつは、親分衆が『堅気さん(一般人)たちに迷惑をかけないように』と指示していることもあります。
黒塗りのベンツが自宅近くの駐車場などに止まっていたら、すぐにヤクザだとわかり、近所の住人はそれだけで恐怖を抱きます。今のヤクザは、会社や居酒屋を経営するなど、堅気の仕事で稼いでいる組員も少なくない。そういう人間が、近所にヤクザであることを悟られないためには、一般の人と同じようなクルマに乗る必要があるのです」(上野氏)
ただし、定例会や冠婚葬祭などの「義理の場」は例外になるという。それらヤクザ社会にとって重要な意味を持つ場においては、一般人の目をあまり気にせず、親分の送迎にベンツやセンチュリーを使うケースもあるという。
「しかし、それも『親分付き』といって、親分に24時間付いているような若い衆が親分を家まで送り、乗って帰ってくるだけです。普段からベンツに乗っているわけではありません。歌舞伎町にセンチュリーが多いのは、組事務所が集まっており、送迎の機会が多いからです」(同)
そもそも、現在は義理の場ですら、ベンツではなく黒塗りのアルファードやヴェルファイアに乗るヤクザが多いという。葬式も、今はヤクザの利用を許可する斎場が少なくなっているため、“ヤクザ感”を出さないように、アルファードなどのミニバン4~5台に分かれて行くという。
「ヤクザはブランド好きが多く、『国産車なら、やっぱりトヨタが一番』と思っています。だから、ベンツ以外ではセンチュリーやレクサスなどトヨタの高級車を好み、大人数が乗れるミニバンの場合は、国産車で最もサイズが大きく人気のあるアルファードやヴェルファイアに乗りたがるのです。
つまり、さまざまな事情から現在のヤクザ業界に都合のいいクルマが、アルファードやヴェルファイアなのです。ちなみに、同じクルマを何台も連ねるのは、親分がどのクルマに乗っているかをカモフラージュするという目的もある。抗争に備えた“ダミー効果”もあるわけです」(同)
意外なプリウス人気の裏に資金不足
ヤクザがベンツに乗らなくなった背景には、もうひとつ、さらに深刻な事情があるという。それは、資金不足だ。
「これを言ってしまうと身もふたもないのですが、ヤクザ業界は不景気で、みんな本当にお金がないんですよ。若い衆は『振り込め詐欺』などで稼いでいる組員も少なくないですが、上に知られたらガジられてしまう(金を上納させられる)。だから、稼いでいる若い衆は上にバレないように工夫しています。逆に、上の人間ほど、昔のようなシノギ(収入)がなくなり、金がない状況にあるのです」(同)
そんな中、最近のヤクザ業界で人気を集めるのが、意外なことにトヨタの「プリウス」だという。今や世界的ブランドとなったハイブリッド車のプリウスだが、燃費がよく、エコカーの代表格だけに、ヤクザにはなんとも不釣り合いなクルマに見える。
「稼いでいる中堅以上の組員の多くが、セカンドカーとしてプリウスを所有しています。燃費はいいし、小回りが利き、有事の際にも職質されにくい。このクルマは、いいことずくめなんですよ。
彼らが口をそろえて、『移動用だけの使い捨てのつもりでプリウスを買ったけど、こんなに長く乗ったクルマは今までない』と言うぐらいです。愛着も湧いて、『もう、ずっとこれに乗り続けるわ』と言うヤクザもいます」(同)
一方、振り込め詐欺などで稼ぐ若い組員の中には、むしろベンツに乗る者も増えているという。しかし、それは昔のヤクザが好んだ「Sクラス」のような4ドアの超高級セダンではない。
若い組員が乗りたがるのは、ホストに人気があり、かつてはヤクザが乗るクルマではなかった2シータースポーツの「SLクラス」や、女性に人気の高いSUV「Gクラス」などの、おしゃれな中古ベンツだ。
「ベンツはもちろん、センチュリーに乗るヤクザも、今後はどんどん少なくなっていくでしょう。今センチュリーに乗っているヤクザは、昔の親分専用車を買い替えずに使っている組だけで、これから新しくセンチュリーを購入する組は、まずありません。正直、警察や世間の目が厳しくなく、お金さえあれば、昔のようにベンツを買いたいというのがヤクザの本音だと思いますよ」(同)
上野氏の話から見えてきた、現代ヤクザのクルマ事情。裏を返せば、彼らも生き残るためには、背に腹は代えられないということだろう。
(文=青柳直弥/清談社)