北朝鮮は金正恩朝鮮労働党委員長の妹である金与正朝鮮労働党第1副部長が前面に出て、韓国の文在寅政権批判を繰り返している。南北統一を掲げる文政権は平壌側の怒りを買い、韓半島情勢は先行き不透明な状況が続く。
前編に引き続き、金委員長の狙いや韓国の命運について、元駐日韓国大使館公使で「統一日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)氏に聞いた。
北朝鮮内で政変か…金与正が目立ち始めた意味
――金委員長の健康不安説も一時ありましたが、金正恩体制の内部で何が起きているのでしょうか。
洪熒氏(以下、洪) 2019年2月のベトナム・ハノイでの米朝首脳会談後、平壌で政変が起きたと見るべきです。帰国した金正恩は「首領を絶対化するな」など自己反省し、「誤謬のない神」の地位から降りてきました。金与正も政治局候補委員の肩書を返上しました。また、「ハノイに行けば、トランプから大きなものを勝ち取れます」と報告をした統一戦線部の幹部なども粛清されます。
19年6月に中国の習近平国家主席は国賓として平壌を訪問、金正恩体制を正式に認めました。ところが、習近平の帰国直後、金正恩はドナルド・トランプ大統領に呼ばれて「板門店会談」に行きますが、そこでも何も成果がなかったのです。
そこで、金正恩は、米国に19年末までに自分の要求をのまないと「我々の道を行く」と、繰り返し表明します。そして、19年末の党中央委員会拡大会議で、金正日時代からの元老級や要職の高位級などを退陣させ、外交とは無縁の李善権が外相に就任しました。
まず、北の最高幹部クラスの人事を担当する党幹部部長が解任され、組織指導部長など要職の多くが解任されました。さらに看過できないのは、「金氏王朝」を支えてきた親衛隊と言える護衛司令部や国家安全保衛部まで、血の粛清が行われたことです。政変を想定しないと、理解できない事態があったのです。
――その引き金となったのが、金委員長の対米交渉失敗ということですね。
洪 若い独裁者の未熟さが出ましたね。そもそも、最高指導者は戦争を指揮すべきで、戦闘を指揮すべきでない。なのに、妻や妹、側近たちを連れて自ら最前線に現れました。「非核化問題」において、中国の影響力を排除するトランプ大統領の戦略に乗ったのです。自信過剰だったのでしょうか。
――最近になり、与正氏の存在感が明らかに増しています。
洪 金与正の浮上は、金正恩の健康不安が主な背景でしょう。ただ、金与正の前面登場が金正恩の意思によるものか、ほかの力によるものかを見極める必要があります。金正恩は妻との仲が悪化しているとの情報もあり、いずれにせよ、今の状況では金与正が看板役ということになります。
しかし、今の状況もいつまで続くかはわかりません。6月4日に、朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」1面に金与正の談話が掲載されましたが、通常ではあり得ない話です。金与正が「党中央」になるには、実績や能力が必要です。
金正恩は自分の健康状態をよくわかっており、万が一に備え、妹に代行を頼むしかないと考えているのかもしれません。あるいは、すでに金与正を利用する勢力が平壌に存在するという見方もあります。
韓半島を完全掌握したい中国の思惑
――これから、韓半島はどうなっていくのでしょうか。
洪 韓半島は、米中対立において最大の戦略的要衝です。韓半島を中国共産党が抑え込むのか、米国という自由文明の陣営が抑え込むのか。そこで、中国は親中傀儡の文政権を支援して、韓国を衛星国家にしようと目論んでいます。同時に、北韓に対しても、食糧やエネルギー支援などで中国から離れないようにしています。米国は戦略資産を西太平洋に集中展開するなど、中共との戦争をも辞さない決意と態勢を整えています。
一方、韓国内では、中共党を引き入れた4月の不正選挙に対する国民の怒りが爆発に向かっています。文政権の不正は、もはや捜査の対象でなく「革命の対象」になっています。4月の総選挙を契機に、反文政権闘争の主力が、高齢の反共世代から若者のデジタル世代に変わってきています。
いずれにせよ、米中対立は休戦中の朝鮮戦争の後半戦、つまり韓国の戦争でもあります。中共党を無力化しなければ、韓国は中共に飲み込まれかねません。韓半島の未来は、米中対立の展開次第で決まるでしょう。
(構成=長井雄一朗/ライター)