北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と韓国の文在寅政権の関係が悪化している。金委員長の妹である金与正朝鮮労働党第1副部長が文政権を痛烈に批判し、開城工業団地内の南北共同連絡事務所を爆破した。これにより、南北関係は文政権以前に戻ったとの見方が強い。
今、韓半島では何が起こっているのか。元駐日韓国大使館公使で「統一日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)氏に聞いた。
平壌側の怒りが爆発した理由
――平壌側が開城の南北共同連絡事務所を爆破しましたが、何が起きていたのでしょうか。
洪熒氏(以下、洪) 2018年4月の南北首脳会談では金正恩と文在寅が仲良く談笑するシーンが報道されましたが、それらはすべて芝居でした。今回の一連の動きは、平壌側の「もう芝居は疲れた」という爆発でしょう。
文政権の鄭義溶国家安全保障室長は特使として、米国および平壌側との橋渡し役を担っていましたが、米国のジョン・ボルトン前大統領補佐官(国家安全保障担当)の回顧録によって、ドナルド・トランプ大統領にいわゆる「金正恩の非核化の意図」を捏造して伝えていたことが明らかになりました。おそらく、鄭室長は辞任するでしょう。
この回顧録によって最大のダメージを受けるのはトランプ大統領ではなく、文在寅です。文政権が事実上、トランプ大統領に約15億ドルの賄賂を国家予算から送ろうと目論んだことも書かれています。
19年2月にベトナム・ハノイで行われた2回目の米朝首脳会談でショックを受けた金正恩は、文在寅が自分を騙したことに歯ぎしりをします。同年6月に急遽決まったトランプ大統領と金正恩の「板門店会談」では、文在寅も強引に加わろうとしましたが、ボルトンの回顧録でも、文在寅は両首脳に参加を拒まれ、ホワイトハウスの警護官に阻止されたことが書かれており、世界中に恥をさらしました。この時点で、文在寅はトランプ大統領と金正恩の両方から不信されていたのです。
文在寅は、かねてから「南北経済共同体」や開城工団の20倍まで主張しています。文在寅と金正恩の「板門店宣言」(18年)は、金日成が1980年に提案した「高麗連邦共和国」以来の北側の要求をすべて受け入れたものです。しかし、金正恩の必死の望みの「経済制裁の解除」をかなえてあげることはできませんでした。
それでも、平壌側は4月に行われた韓国の総選挙までは静かにしていました。それは、韓米同盟の回復を目標とする野党が勝利する結果だけは避けねばならなかったからです。しかし、選挙後も文政権は口先だけで韓米同盟を直ちに解消する動きを見せないので、平壌側の怒りが爆発したのです。
――南北は相容れない方向に向かっていますね。
洪 現時点では、金正恩と文在寅は目指す方向がまったく違います。昨年のハノイ会談までは2人とも「わが民族同士、仲良くしよう」と言っていましたが、それは平壌側が文政権の変質に気づかなかったからです。
金正恩の目標は自分の絶対独裁体制の維持であり、そのため米国に核保有国の地位と体制保障と制裁解除を要求しています。文在寅一派は、彼らが押さえた既得権(利権)の維持と全体主義独裁権力の永続化が目標です。そのため、文政権は韓米同盟から離れ、中国側につこうとしているのです。
――米国に認められたい金正恩と、中国に接近する文政権という構図ですね。
洪 韓半島問題を米中戦争の一部分と捉えているトランプ大統領から見れば、「非核化」した反中国家の指導者・金正恩がもっとも望ましい存在となるわけですが、金正恩は非核化を断固として拒否するので、米中戦争のなかで処分の対象になります。一方、文在寅集団はその反米本性から、中共にすり寄っています。
ただ、文政権には共産主義者や平壌の工作員が多いし、平壌側との連邦制を妄想する者も少なくありませんが、人間は一度既得権や利権に慣れると腐敗するものです。それで、法治を破壊し、犯罪の捜査まで妨害しています。
金正恩体制支援に踏み切れない文政権のジレンマ
――与正氏は、米韓ワーキンググループを南北関係破綻の主犯だと指摘しました。
洪 韓米ワーキンググループは、「南北関係の進展」を北の非核化の進展と調和させるための韓米同盟の実務協議体です。この当然のことを、韓米同盟そのものを否定する親中(従中)・従北(主思派)の反米勢力は罵っているのです。文政権の劇烈反米主義者らは、米国を刺激し続けています。
文政権内には、米国や国連の制裁決議など無視し、思いきり対北支援に踏み切ろという主張もあります。しかし、そう暴走したら、韓国の銀行と大企業などが米国や国連の制裁対象になるのが現実です。文政権が越えられない壁です。
――そうなると、文政権もなかなか北朝鮮の支援に踏み切れませんね。
洪 文政権だけでなく、誰でも何かを実行するためには「やろうとする意志(意思)」と「実際に実行できる能力」の2つが必要です。文政権は、意思はあっても、壁を突破できる能力はありません。もし無謀の挙に出れば、文明社会を敵に回し、自らが制裁対象になってしまうからです。
――ありがとうございました。
後編では、金委員長の狙いや韓国の命運について、引き続き洪氏の話をお伝えする。
(構成=長井雄一朗/ライター)