「デジタルテクノロジーで、スマート東京を実現する、グリーンファイナンスも総動員してゼロエミッションなまちをつくる。この2つは我々にとって“ムーンショット”であると考えています」
「人口1400万人を抱えるこの巨大都市東京をですね、一切止めることなく、グリーン、そしてデジタルに作り変えているということはですね、極めて野心的で困難な目標だと思います」
東京都の宮坂学副知事は2日、東京オリンピック(五輪)の都プレスセンター「東京メディアセンター(TMC)」のブリーフィングで、”五輪後の東京のあり方”について、そう熱く語った。“ムーンショット”とは、米ケネディ大統領が提唱した月への有人飛行計画「アポロ計画」のことであり、現在では投機性の高い野心的な計画を指す言葉でもある。
この日のブリーフィングのテーマは「Sustainable Transformation in Tokyo」。宮坂副知事は都が構想中の東京湾臨海地区の大規模開発計画「東京ベイeSGプロジェクト」と行政サービスを含めた情報通信技術(ICT)振興プロジェクト「TOKYO Data Highway」を解説し、それらの構想を支えるグリーンファイナンスへの協力を世界に呼び掛けたのだった。
宮坂副知事の講演内容を都議会都民ファーストの会関係者に伝えたところ、次のように話した。
「宮坂さんの夢のあるお話に水を差すようで恐縮ですが、秋の議会は間違いなく荒れると思います。五輪の追加費用の都の負担額が桁違いで、それこそ“ムーンショット”級ですから……。財政上、かなり厳しい情勢になることが見込まれていますし、宮坂さんの計画が当初通り遂行されるか、東京に構想にあるような輝かしい未来があるかは、かなり微妙な時期に差し掛かっていると思います」
東京五輪の“総費用4兆円”の衝撃
宮坂副知事が“ムーンショット”に関して熱く語ったこの日、マネーポストWEB(小学館)の記事『東京五輪の総費用は4兆円に 莫大な赤字のツケは国民や都民が払うことに』が発端となり、「赤字のツケ」が同日午前Twitter上でトレンド入りしていた。
五輪開催に伴う財政負担に関しては、国と東京都の間でせめぎあいが続いているが、同記事では次のように”赤字五輪のツケ”を明らかにした。
「東京都と国の『大会経費』と『関連経費』の合計額は、都が1兆4519億円、国が1兆3059億円になる。この金額は都と国の一般会計から支出されており、財源はいずれも税金だ。
それだけではない。五輪閉幕後には国民と都民がさらに追加負担を求められる可能性が高い。その原因は、『無観客開催』による組織委員会の赤字だ」
そのうえで、ノンフィクション作家・本間龍氏は、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(組織委)が900億円の収入と見込んでいたチケット収入がほぼ無くなった点、一方で資材や五輪関係者の飲食費は“フルスペック”を想定して調達契約を結んでいた点、新型コロナウイルス感染症対策費が増額している点などを踏まえ、「赤字や追加負担は2000億円以上に膨らむ可能性がある」と指摘。「赤字補填や追加負担を含めると五輪の総費用は『4兆円』に迫る」と推測した。
五輪誘致の立候補ファイルには「東京都が補填を保障」と明記
確かに東京都オリンピック・パラリンピック準備局が2013年1月、国際オリンピック委員会(IOC)に提出した立候補ファイルの第1巻テーマ6には次のような文言が記載されていた。原文ママで引用する。
「大会組織委員会予算についての保証
東京2020は大会組織委員会の予算が均衡の取れたものであることを強く確信している。
しかし、万が一、大会組織委員会が資金不足に陥った場合は、IOCが大会組織委員会に支払った前払金その他の拠出金のIOCに対する払い戻しを含めて、東京都が補填することを保証する。
また、東京都が補填しきれなかった場合には、最終的に、日本国政府が国内の関係法令に従い、補填する。
東京都は、大会組織委員会予算約3,010億円に対し、非常に大規模な財政規模(2012年度の予算で11.8兆円)を有しており、万一の大会組織委員会の資金不足に対しても十分に補填することができる」
3000億円(当時)の組織委の予算に対し、約12兆円の都の財政規模を引き合いに出して、自信満々に「予算の均衡を確信」している。だが五輪の経費や追加負担が4兆円に迫るのなら話は別だ。都の財政規模は誘致時から大きな変動はなく、なんらかの増税などを行わずに「十分に補填することができる」とは言い難いだろう。
元東京都幹部職員は件の立候補ファイルについて語る。
「開催地誘致合戦で、少しでも優位に見せる文言が必要だったとしても、公文書にあそこまで都の責任を明記してしまったのはリスクの見通しが甘かったのではないでしょうか。コロナ禍がいかに想定外だったとしても、これでは都の膨大な費用負担は不可避です。安倍晋三前首相や当時の首相官邸の強い働きかけがあったからこそ、都として大船に乗った気でいたことも大きかったでしょう。今後、事業の見直しなど緊縮財政が行われる可能性は高いと思います」
ちなみに“ムーンショット”といえば、NASA(米航空宇宙局)は昨年6月、『アルテミス計画』(月面に宇宙飛行士を再着陸させる計画)の追加費用を200~300億ドル(約2兆1800億~約3兆2700億円)と試算し発表していた。今や東京五輪の総費用はNASAの月面飛行と同レベルの規模となったのだ。ここまで膨れ上がった五輪の経費負担をどうするのかにこそ“ムーンショット”のような大胆な計画が必要なのかもしれない。
(文=編集部)