いよいよ、東京2020オリンピックが始まりました。無観客とはいえ、開会式の演出に感動された方も多いかと思います。日本の「祭り」をテーマに、日本の伝統文化を絡める演出もありましたが、選手入場にゲーム音楽が使われていたのには驚きました。僕が大学生の頃にはまっていた『ドラゴンクエスト』をはじめ、どのゲーム音楽も素晴らしく、今やゲームが日本の代表的なカルチャーのひとつとなっていることがわかります。テレビで観戦していた世界中の人々も、楽しまれたのではないかと思います。
今回のオリンピックは、ほとんどの競技が無観客ですから、日本だけでなく世界中の人々がテレビで開会式から閉会式までを楽しむことになります。21世紀になってからは競技場がライブ会場となって、最先端の映像技術を駆使しながら、超人気歌手たちが次々に出てきて生放送しているみたいになっています。
今回の開会式では、歌手は「君が代」を歌ったMISIAさんだけでしたが、伴奏がいつもとは違ったのにも、日本で開催されるオリンピックの意気込みを感じました。一般的な「君が代」の伴奏は、明治時代に外国人によってつくられた西洋風なものですが、今回はMISIAさんの独特で素晴らしい歌唱も合わせて、正真正銘、今の日本人による新しい「君が代」でした。
それにしても、映像を見ていると、前回、日本で開催された1998年長野冬季オリンピックとは隔世の感があります。当時はハイビジョン放送もあったとはいえ、まだアナログ放送でした。その後、2004年アテネオリンピックの前年に地上デジタル放送が始まり、テレビ画面も液晶、薄型、大型が主流となり、音響にも大きな変革が起こりました。そんな技術の大幅な進歩も、オリンピックにおいてますます音楽が大きな役割を担うことになってきた理由のひとつかもしれません。
オリンピックの音楽パフォーマンス
現在、IOC(国際オリンピック委員会)のホームページでは、「トップ10 オリンピック音楽パフォーマンス」という動画が公開されています。
開会式や閉会式では、基本的には開催国の歌手が自分たちのヒットソングを歌います。たとえば、2010年バンクーバーでは、カナダ人歌手のk.d.ラングが、同じカナダ人シンガーソングライター、レナード・コーエンのヒット曲『ハレルヤ』を歌って、第7位に選ばれています。
余談ですが、僕がk.d.ラングを初めて聴いたのは、ロサンゼルス・フィル副指揮者時代でした。普段はクラシック音楽しかやらないこのオーケストラが、夏だけはなんと1万7000人も聴衆が入る野外音楽祭ハリウッドボウルで、クラシックコンサートだけでなくポップス歌手と共演するのです。
なにせそれまでの僕はクラシック音楽以外の音楽をまったく知らず、レイ・チャールズがハリウッドボウルに出演した時にも同僚指揮者に「レイ・チャールズって誰? 舞台にピアノがあるからピアニスト?」などと言っていました。それがコンサートを見た後には、レイ・チャールズやk.d.ラングのCDをすぐに買ったほど大ファンになってしまったのです。
このように、自国の音楽をパフォーマンスするのが主流のなか、異色なのは第4位に選ばれた2000年シドニーオリンピックです。オーストラリアのカイリー・ミノーグが『ダンシング・クイーン』を歌ったのです。これは、スウェーデンのグループABBAの代表作ですが、このミレニアム・イヤーのオリンピックでは、自国にはこだわらずに、国籍を超えたスポーツの祭典であることを演出したのかもしれません。マラソンランナーの高橋尚子さんが、日本人として初めて陸上競技で金メダルを獲った大会です。
世界中の誰もが知っている『ダンシング・クイーン』を抑えて第3位に入ったのは、嬉しいことにクラシック音楽、2008年のトリノ冬季オリンピック開会式でした。開催国イタリアといえば、オペラ大国です。そこで、世界的名テノール歌手のルチアーノ・パヴァロッティが、イタリアオペラの傑作中の傑作、プッチーニのオペラ『トゥーランドット』からアリアを歌い、イタリアオペラだけでなくクラシック音楽全体の面目躍如に成功しました。この大会では、フィギュアスケートの荒川静香さんが、偶然にもこの曲でフリー演技をして日本人初の金メダルを獲ったので、それを覚えている方も多いかもしれません。
注目は、2位の2018年平昌オリンピックのEXOでしょう。8位にもKポップがランクインしています。第6位のアトランタでのスティービー・ワンダーによる、ジョンレノンの『Imagine』や、第7位のロンドンの閉会式でクイーンとジェシー・Jの共演により会場を盛り上げた『We Will Rock You』を抑えて堂々と選ばれていることは、現在のKポップ人気がよくわかります。
前述のクイーンのほかに、2012年ロンドン・オリンピックからは、イギリス人アーティストが第1位と第5位にも選出されています。第5位は開会式でポール・マッカートニーが古巣ビートルズの名曲を歌った『Hey Jude』。
クイーン、ポール・マッカートニーという国民的大歌手を抑えての第1位は、スパイス・ガールズの『WANNABE/SPICE UP YOUR LIFE』です。閉会式の一夜のために奇跡的に再結成した彼女たちが、ロンドン・タクシーの屋根に乗って登場しました。再び5人が一緒に歌うなんて、予測どころか想像もつかないことでした。それは、SMAPメンバーが再結成して東京オリンピック閉会式で『世界に一つだけの花』を歌うようなもので、会場は大盛り上がり。当時、ロンドンに在住していた僕も、自宅の小さなテレビ画面を見ながら、ワーワーと大騒ぎしました。
小澤征爾が指揮した壮大な『第九』
最後に、僕個人が考える“番外編”を発表します。それは、1998年の長野オリンピックです。開会式のエンディングを盛り上げたのは、ポップス歌手でも日本音楽でもなく、ベートーヴェンの交響曲第9番(第九)でした。世界の大名曲ともいえるこの曲を小澤征爾氏が指揮して、サイトウ・キネン・オーケストラが演奏、東京オペラシンガーズが歌いあげ、世界に向けて日本の演奏家の実力を見せつけたのです。
それよりも度肝を抜かれたのは、世界5大陸と中継でつないで各々の国で同時に歌うコーラスと演奏をするという、ダイナミックかつ想像を超えた発想でした。1998年といえば、「ウィンドウズ98」が売り出され、やっと人々がPCに向かい始めた頃です。一般企業ではまだEメールが普及しておらず、電話やFAXでのやり取りがほとんどだった時代にもかかわらず、当時の日本の技術力には驚かされました。そして何よりも、世界中をつないで一緒に歌い上げる『第九』に大感動しました。個人的には、トップ10に入れてほしかったと思います。
実は当時、僕はウィーン音楽大学指揮科に留学中だったのですが、かつて日本でオペラの助手をさせていただいていた小澤先生が、オリンピックが開かれる少し前にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮に来られました。それまでも、学生では買えないような、ご自身が出演される高額な演奏会チケットを頂いたり、リハーサル見学はもちろん、よく食事もごちそうしていただいたものでした。
小澤先生は細かく周囲に気を配り、みんなを楽しませつつ、それを見ながら自分も楽しんでいるような素敵な方です。そんな小澤先生が、ある食事の席で「今度、南アフリカに、コーラスのリハーサルをしに行くんだよ。どのくらい時間がかかるんだろう?」と尋ねていたのを覚えています。
今から考えれば、長野オリンピックの『第九』のためだったのですが、僕にしてみれば、南アフリカといえば北半球から南半球に飛ぶということくらいしか想像できず、移動時間なんて見当もつきませんでした。そんな僕が、今では南アフリカのオーケストラを一番多く指揮をしている日本人となり、現在も年に2回は指揮に訪れるほど大好きになっています。とても不思議な感じがします。
オリンピックも競技が始まったばかりで気が早いのですが、僕は閉会式も楽しみにしています。もしかして、日本人歌手がトップ10に選ばれるかもしれません。