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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

東京五輪、表彰式の音楽が破格の壮大さ…大河『青天を衝け』の作曲家が作曲、ロス五輪に匹敵

文=篠崎靖男/指揮者
東京五輪、表彰式の音楽が破格の壮大さ…大河『青天を衝け』の作曲家が作曲、ロス五輪に匹敵の画像1
「Getty Images」より

 東京2020オリンピック競技大会が、もう3週間後に迫ってきました。世界中で勝ち抜いてきたトップアスリートたちの4年に一度(今回は5年ぶり)の挑戦や闘いを見ることができるのも楽しみですが、音楽家の僕としては、やはり表彰式で流れる音楽がどうなのかも、とても興味深いところです。

 一つひとつの競技で演奏される表彰式の音楽。今回のオリンピックでは339回、パラリンピックでは539回の計878回、演奏されるそうです。その競技数だけでも驚きですが、演奏家が一つでも音を外してしまったら、日本国内だけでなく世界中に生中継で流れてしまうことになります。海外の視聴者にとって、自国選手が金メダルを獲った時に、例えばトランペットが音を外してしまったら最悪でしょう。想像するだけで、背筋が凍るような気分になります。

 とはいえ、今の日本人の演奏レベルは高いので、まずは大丈夫でしょう。一方、作曲家が大変なことは確実です。もし大会の最初から音楽の評判が悪かったとしても、増していく悪評とともに、世界中で聴き続けられてしまうこととなります。

 そんな大変なオリンピックの表彰式の音楽、タイトル「Tokyo 2020 Victory Ceremony」を担当したのは、作曲家の佐藤直紀さんです。最初に結論を言いますと、素晴らしい音楽です。

 佐藤さんは映画『ALWAYS 三丁目の夕日』(東宝)で、第29回日本アカデミー賞・最優秀音楽賞を受賞し、ドラマ『コード・ブルー』(フジテレビ系)の音楽も手がけた、売れっ子中の売れっ子の作曲家です。佐藤さんの名前を知らなくても、誰もが彼の音楽を一度は聴いたことがあると思います。

「日本資本主義の父」と称される渋沢栄一の人生を描いた、現在放送中の大河ドラマ『青天を衝け』(NHK)のテーマ音楽も担当していらっしゃいます。若き渋沢栄一が大志を持って進んでいるかのような堂々とした音楽から始まり、金管楽器が中心となって華々しくも高い演奏技術を求められる場所が出現し、その後、現代の人々の心に寄り添うような、心を癒し、励ます音楽が続いていく、聴き応えのある音楽です。特筆すべきは金管楽器の部分で、まるで1984年ロサンゼルス・オリンピックの表彰式の音楽を彷彿とさせます。

アメリカ映画音楽の大巨匠を彷彿とさせる佐藤直紀さんの音楽

 ちなみに、ロサンゼルス・オリンピック表彰式の作曲家は、アメリカ映画音楽の大巨匠、ジョン・ウィリアムズでした。映画『ジョーズ』(ユニバーサル・ピクチャーズ)や『スター・ウォーズ』(ウォルト・ディズニー・スタジオ・モーション・ピクチャーズ)などの音楽を手掛けた彼がつくった曲は、これまでのオリンピック音楽とはまったく違うものでした。当時の僕はこれを聴いたとき、度肝を抜かれただけでなく「今後、これ以上のオリンピック・ファンファーレがつくられるのか?」と思わされるくらい凄いインパクトを受けました。実際に、これらの音楽はグラミー賞を受賞し、その後もオーケストラや吹奏楽団にて盛んに演奏されています。

 そんなジョン・ウィリアムズの音楽を彷彿とさせてくれた佐藤さんが、どのような音楽をオリンピックのために作曲したのか、開会式までのお楽しみと思っていましたが、6月3日に発表されました。

 コンセプトは、「アスリートのための賛歌」。佐藤さんは、次のようにコメントしています。

「奇をてらわずにアスリートが輝くことだけ考えた。世界のアスリートが表彰台に上がった時に気持ち良く授与されることを願っております。第1優先としてアスリートのために曲を書きました。開催されることを願って楽しみにしております」

 実際の演奏を聴いてみると、”奇をてらわずに”どころか、フル・オーケストラだけでなく合唱まで入っているような壮大で破格な音楽です。ジョン・ウィリアムズのときのように、佐藤さんに驚かされました。

 オリンピックの表彰台の音楽ですが、実は難しいことがあります。それは、個人戦と団体戦によって表彰式の時間が異なるなか、選手がどのタイミングでも気持ち良く表彰台に上がれることが重要となるからです。確かに、メダリストが3名しかいない陸上100m走と、多くのメンバーがメダルをかけてもらうサッカーの団体競技では、表彰式の時間がまったく違いますし、そもそもアスリートたちは音楽の盛り上がりのタイミングに合わせて表彰台に上がるわけではありません。

 つまり、音楽のどの部分であっても、感動的に表彰台に上り、メダルを受けとれることが重要なのです。決められたストーリーに音楽のほうが合わせていく映画音楽やドラマ音楽とは作曲のコンセプトが違うわけで、そんななか、世界中の人々の感動を増幅させる音楽を作曲することは、とても高難度だと思います。

 佐藤さんの東京オリンピック表彰式の音楽は、日本で開催されることを意識した和テイストというよりも、むしろ世界の人たちが、このコロナ禍の中でスポーツと音楽によって感動を共にするようなグローバルな音楽です。合唱パートは母音だけで歌うことで、特定の言語のように一部の人々にしか理解できないのではなく、世界中の人々が一緒に共感できるようになっています。

 最後に、表彰台自体にも日本人らしいこだわりと、世界に向けたメッセージがあるようです。表彰台のデザインは大会エンブレムを手掛けた野老朝雄さんで、エンブレムと同じ市松模様を立体化した日本らしいデザインなのですが、その素材はすべて使用済みプラスチックを集めたリサイクルだそうです。

 コンセプトは、「リサイクル、デザイン、テクノロジーがつながり、新たなレガシーを生み出す」というものです。資源の乏しい日本は、美的感覚と技術力をもって発展を遂げてきました。世界に視野を広げても、いつか資源は枯渇するかもしれませんが、さまざまな困難を人間の知恵で乗り越えることができるはずです。これは、今、世界中の人々がパンデミックで苦しんでいるなかで行われる今回の東京オリンピックを通じた、人間全体へのメッセージだと思うのです。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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