問題となったのは、8月15日放送の「追い出し部屋」特集だ。
「追い出し部屋」とは、大手企業がリストラ対象の正社員を異動させる「職務開発室」などの名称の部署のこと。「追い出し部屋」に具体的な業務はなく、その実態は、リストラ対象者を自己都合退職に追い込むために存在している。
番組で千原は「会社のこと調べたら、そういう部署のある会社やとかわかるやんか」とピンボケ発言をしているが、バブル崩壊後の「失われた20年」の間、日本電気(NEC)、パナソニック(2008年に松下電器産業から商号変更)、ソニー、セイコーインスツルといった日本を代表する大手企業で「追い出し部屋」を使ったリストラが行われてきた現実があるのだ。
また、08年のリーマンショック以降は、事業売却による人員削減、また海外市場に活路を求めるという具合に、国内事業縮小の動きが加速、優秀な社員までが次々と「追い出し部屋」送りとなって、退職を迫られるようになった。
その後、手口はますます巧妙かつ狡猾になっているようだ。最近は「追い出し部屋」どころか、「PIP」の名の下に悪辣なリストラが断行されている。PIPとはパフォーマンス・インプルーブメント・プラン、業績改善計画の略称で、業務命令として、「あなたのためだから」と思いやりのあるふりをして解雇したり、退職に追い込む、新手のリストラ手口だ。
『解雇最前線 PIP襲来』(鈴木剛著/旬報社)では、3つのPIPのリストラ手口を紹介している。
最も多いのが、達成不可能な過大なノルマを業務命令として与えるケースだ。「仕事ができない」とリストラ対象者を責め立て、過大なノルマが期限までに達成できなければ社内に居場所がないと追い込んでいく。例えば、ある不動産会社の場合、「パフォーマンス向上のための改善点」としてリストラ対象者に提示していた課題は、「3カ月間で、6つの物件の契約を」というほぼ達成不可能と思われる不利な内容だったという。
次に「過大なノルマ」とは逆に、キャリアや実力を無視した「過小な課題を与えるケース」もある。あまりにも単純・簡単な作業のみをリストラ対象者に与えるというものだ。一例として、11年、事務機器メーカーのリコーは、技術系のスペシャリストたちを物流センターのピッキング作業(商品仕分け作業)に送り込んだ。若者に交じって単純労働を行わせ、プライドを傷つけるというパワーハラスメントだ。
●精神的に追い詰めて退職させる手口の数々
さらに悪辣なのが、キャリアコンサルタント会社といった再就職支援ビジネスと手を組み、退職に追い込む手口だ。再就職支援ビジネスは、1人60〜90万円の料金で6カ月〜1年の期間で再就職支援を請け負う、という名目の下、退職させるための追い込みを行う。
例えば、再就職支援ビジネス会社は、業務改善の研修に来たリストラ対象者に「会社に居続けたいのであれば、営業の力をつけるしかない」とアドバイス。元の会社とはまったく関係のない生命保険会社に出向させ、保険外交員として過酷なノルマを突きつける。また、電話営業で契約をとる営業委託会社へ出向させる場合もある。狭い部屋に数多くの中高年の男性が押し込められ、ノルマは一日に数百件の電話営業。手を休めると、若いスタッフから罵声を浴びせられる。
PIPで、精神疾患に追い込まれてしまうケースも少なくない。
こうした実態は、まだまだなくなりそうにない。アベノミクスによって景気が回復し始めているとされるが、回復は一時的な現象で、逆に円安による収益増を利用して、ますます人員削減が実施される恐れが高いのだ。短期的利益を最優先させるリストラ策は、企業の体力さえも弱めていく。ある人事部の元幹部は次のように語る。
「リストラは麻薬だった。一時的には人件費などの固定費が減り、業績は上がる。でも同時に優秀な人材ほど見切りをつけて流出した。残った人も勤労意欲が失せ、開発の芽が摘まれた。企業の成長力がそがれて業績はさらに悪化し、またリストラに頼る。常習性が出てくるんですよ」(朝日新聞2013年8月26日付朝刊4面「限界にっぽん 第4部 続『追い出し部屋』5」)
こうした過酷な現実が日本社会に押し寄せていることを、千原せいじや神田うのは、まったくわかっていないのである。いや、パチンコ会社経営者の夫を持ち、自分も事業をやっている神田うのあたりは、実態をわかっていながら、わざととぼけているのか。
いずれにしても、こんなとんちんかんなことしか言えないコメンテーターには「後輩が出演するルミネの“もぎり”(入場口や受付で、入場券の半券をもぎ取ること)をやり続ける」とか「ママ友同士のグループ“うの会”から追放されたともっぱら噂の、倖田來未かほしのあきの付き人を3年間やる」というPIPでも体験してもらいたい。
(文=和田 実)