●誘致をめぐる死闘
カジノ解禁推進法案では、自治体の申請に基づき国が認定した区域(特定複合観光施設区域)において、国の許可を得た民間事業者がカジノの設置及び運営を行うという建て付けになっている。少なくとも当初は、極めて限定された区域においてのみカジノ施行が認められる方針である。よって、カジノ施設誘致を目指す自治体間の競争は、必然的に熾烈なものとなる。カジノ解禁推進法成立後1年以内をめどとするカジノ解禁実施法の成立を待って、その時点から動き始めるというのでは、その自治体が認定レースに勝ち抜くことはほぼ不可能である。
従って、カジノ解禁推進法案には、カジノ設置区域の選定基準や評価要素は一切規定されていないにもかかわらず、同法案が成立すれば、自治体によるカジノ施設誘致合戦が一気に加熱することとなる。既に全国で20か所以上の自治体や団体がカジノ誘致に手を挙げている。
カジノ解禁推進法案の有力な立案関与者によれば、カジノ施設運営開始に至るまでの各自治体における今後のスケジュールは、概要、以下のとおり想定されている。
(1)国が定める区域認定の選定基準に依拠し、自治体がカジノを含む複合観光施設(IR)の構想及び計画を立案し、国に対して、申請・提案をなし、認定を受ける
(2)自治体が国からの認定を受け、具体化のための方針を定め、開発を担う民間事業者を選定し、開発と施行にかかわる条件を当該事業者と詰め、開発協定を締結する
(3)協定に従い、当該民間事業者が国からの許可を受け、資金を調達し、IRを整備し、運営のための全ての条件を満たして、運営を開始する
このいずれの段階においても、カジノ誘致を目指す自治体には多額の費用がかかる。すなわち、一部をあげるだけでも、市場性調査、可能性調査、社会経済影響度評価など、自治体による企画・構想や全体計画策定などに必要な諸費用、住民の理解を得るために必要な諸費用、国が要求する認定申請書類の作成に必要な諸調査の実施費用、施行基本方針を策定し、民間事業者からの公募書類を作成するための諸費用、入札手続諸費用、外部コンサルタントや法務アドバイザーとしての弁護士を起用するための費用、施設周辺のインフラ整備費用などが自治体の費用となる(当然ながら、その原資は住民が負担する税金である)。自治体が負担すべき費用を、カジノ施設の運営などを狙う民間事業者に肩代わりさせることは許されない。なぜなら、そのようなことをすれば、自治体と民間事業者との間に癒着が生まれ、カジノ施設の運営などを行う民間事業者の選定に係る自治体の判断が歪められるからである。
カジノ誘致を目指している自治体の中には、カジノ解禁推進法案が国会に提出される以前の段階においてすら、すでに1000万円を超える費用を支出しているところもある。自治体が国からカジノ設置区域の認定を受けられなかった場合、自治体が区域の認定は受けられたが、適切な民間事業者を選定できなかった場合、自治体が民間事業者を選定したが、当該事業者が国から許可を得られなかった場合、民間事業者が国から許可は得られたが、資金不足などによりIRを実際に運営するに至らなかった場合のいずれにおいても、自治体がそれまでにかけた莫大な費用のほぼすべてが無駄になり、住民には損害だけが残るという重大なリスクがある。また、多額の費用をかけて関与する民間事業者も莫大な損失を被ることになる。
このように、自治体間及び民間事業者間で、カジノ誘致をめぐる死闘が繰り広げられることになるにもかかわらず、今回のカジノ解禁推進法案には、カジノ設置区域の選定基準や評価要素は一切規定されていないのである。今後、決まってもいない選定基準や評価要素をめぐって、さまざまな憶測や不確かな情報などが流れ、悪質なブローカーやコンサルタントなどが跋扈する恐れもある。巨大な利権が絡むだけに、死人が出る可能性すらあるのではないかと筆者は懸念している。
そのような事態を防ぎ、できるだけ公明正大なプロセスでカジノ設置区域を選定するために、今回提出されるカジノ解禁推進法案を国会で修正し、ある程度の具体性をもった選定基準や評価要素を条項に盛り込むことを検討すべきである(法案を事前審査した衆議院法制局も、その趣旨の意見を述べたとのことである)。カジノ設置区域の選定が合理的であったかどうかについて、事後に客観的な検証を可能とするためにも、少なくとも、カジノ解禁実施法案には絶対に選定基準を規定すべきである。細目的・技術的事項は別として、選定基準を法律に規定せず、例えば、閣議決定だけによるとか、法規の性質を持たない「要綱」や「ガイドライン」などで規定するというのは、法治国家としておよそあり得ない選択肢である。
●選定・評価機関の人選の客観中立性の重要さ
どのような機関がカジノ設置区域の選定や評価を行うかについても、カジノ解禁推進法案には一切規定されていない。カジノ解禁実施法において規定されることになるのであろうが、その機関の人選は極めて重要である。端的にいって、カジノは巨大な利権を内包する。筆者は、そのこと自体を否定的に捉えはしないが、カジノをめぐる法制度は、国民に重大な影響を与えるがゆえに、不当に歪められることがあってはならない。カジノ設置区域の選定基準の策定や評価を行う機関から、利害関係者を徹底的に排除し、客観中立的な運営を図る必要がある。
カジノ解禁推進法案においては、「特定複合観光施設区域(カジノ設置区域)の整備の推進のために講ぜられる施策に係る重要事項について調査審議し、本部長(内閣総理大臣)に意見を述べる」機関として、「特定複合観光施設区域整備推進会議」を設け、内閣総理大臣が任命する学識経験者20人以内で組織すると規定されている。この「推進会議」の人選も極めて重要であり、カジノ法制を利権によって不当に歪めるおそれのある人物が入り込まないか、国民及びメディアは注視する必要がある。国民が重大な関心を持ち続けなければ、カジノ制度は、利権関係者によって私物化する恐れが高い。そうなれば、国民にカジノ施設の収益が還元されないばかりか、カジノ解禁による社会的コストだけを一方的に押しつけられることなる。
●負の影響への手当ても一切具体規定なし
カジノを解禁した場合に想定されている「デメリット」(負の影響)として、反社会的勢力の関与、犯罪発生、風俗環境の悪化、過剰な広告宣伝、青少年の健全育成への悪影響、依存症、多重債務者の発生、ゲームの不公正、チップその他の金銭の代替物の不適正な利用などがあげられるが、カジノ解禁推進法案は、これらの負の影響への具体的手当てについても一切規定していない。単に、「政府は、必要な措置を講ずるものとする」とか、「別に法律で定めるところにより、規制を行うものとする」とか書かれているだけである。
このように負の影響への具体的手当てが一切規定されていないにもかかわらず、カジノを解禁するという結論のみを先に決めるという手法で、国民の根強い懸念が払拭されるのか疑問である。カジノ解禁の負の影響への手当てについても、ある程度は条項に盛り込むべく、国会における法案の修正も検討すべきであろう。
ちなみにカジノ議連は、カジノ解禁推進法案とともに、「特定複合観光施設区域整備法案(仮称)~IR実施法案~に関する基本的な考え方」と題する文書を発表している。そこでは、例えば、カジノにまつわる犯罪につき査察官制度を設け、逮捕特権を保持するなどと書かれている。しかし、これは、後のカジノ解禁実施法案の内容についての、議連としての単なるアイディア(議連が現時点で描いているイメージ)あるいは論点出しにすぎず、法的拘束力をなんら有しない。従って、実施法案(議員立法ではなく、内閣提出による閣法を想定)においてそのようなことが実際に規定されるかどうかは全く別の話である。また、「基本的な考え方」には、カジノ設置区域については、「大都市型」と「地方型」の二類型が構想されることが望ましいとも書かれているが、これも、単なる議連としてのアイディアにすぎず、そのような二類型に分けて選定基準が策定されるかどうかは全く決まっていないし、カジノ解禁推進法案にも規定されていない。