10年ごとに退職金を支給する会社、税務署と最高裁までバトル…画期的な大逆転判決!
元国税局職員、さんきゅう倉田です。好きな小説の書き出しは「私は、その男の申告書を三葉、見たことがある」です。
「退職金」という制度があります。一定期間勤めた人に対して、退職時に会社が支給する金員のことです。税務上は「給与所得」とは分けられ、社会保険制度により退職に基因して支給される一時金、生命保険会社から受ける退職一時金などと一緒に「退職所得」とされます。
しかし、会社が退職金だと主張しても、税制上の退職金に当たらない場合があります。恣意的に優遇された退職金を支給できるのなら、毎月月末に退職させて、給与の代わりに退職金を支給し、翌月1日に再雇用することも可能ですが、このようなことは制度上認められていません。現在の退職所得の制度は、ある最高裁判決が基になっています。
むかし、経営が厳しくなったAという会社がありました。A社は、従業員の合意の下で「勤続10年定年制」を採用し、退職金を支給しました。しかし、A社には再雇用制度があり、退職金を受け取った15名のうち13名が役職、給与、社会保険をそのままに再雇用されました。
つまり、書類上は退職となっていても、実質は何も変わっていないといえます。税務署は、従業員に退職の事実はなく、支給された退職金は給与であり、源泉所得税を納めていないとして不納付加算税を賦課しました。これに対しA社は納得がいかず、最高裁まで争うこととなりました。
A社の勤続10年定年制は、先だって会社更生法の適用を受けたA社の倒産の危機に備えて、従業員の側から従来の定年である満55歳まで待たずに退職金の支給を受けられる方法として要望があり実施したものでした。また、従業員とA社は、退職金が支給された段階で退職しなければならないとは考えていなかったようです。
退職していないのに退職金を受け取ることなどできるのでしょうか。支給や受給が問題ないとしても、給与所得より優遇されている退職所得とみなしてよいのでしょうか。
1審は、従業員には定年後の継続雇用を要求する当然の権利はない、定年者の大部分は引き続きA社に勤務しているが、それは新たな労働力の確保が困難で、他方、会社の主力となるべき者が多く含まれていたからなどとして、退職所得に該当すると判断しました。
2審はさらに、中小企業において勤続年限が10年というのは必ずしも短いものではないとして、税務署ではなくA社を支持したのです。
退職金に該当するためには、
(1)退職、すなわち勤務関係の終了という事実によって初めて給付されること
(2)従来の継続的な勤務に対する報酬ないし、その間の労務の対価の一部の後払いの性質を有すること
(3)一時金として支払われること
この3つを形式的にではなく、実質的に備えていることが必要とされています。
これは、現在の税務の現場でも大切にされている基準です。最高裁は、1審と2審の判断を支持せず、審理が尽くされていないとして差し戻しました。差戻審では結局、A社の10年退職金は「給与所得に該当する」とされました。
最高裁判決が2審と異なることは、珍しくありません。しかし「ちゃんと考えていないから、もう一回考えろ」と差し戻されるのは、ほとんど見かけません。これは2審の裁判官からすると、恥ずべきこと、失態となるのではないでしょうか。
退職所得は、退職者が長期間勤務してきたことに対する報償と、その期間中の就労に対する対価の一部分の累積で、その機能が退職後の生活を保障し、その多くが老後の生活の糧となり、給与所得と同様の課税として一時に高額の所得税を課すると、公正を欠き、かつ社会政策的にも妥当でないという理由から、給与所得と区分されています。
優遇がある以上、明確な基準と合理的な判断が必要です。今回の案件は、退職金の基準を示す上で、とても意義のあるものだったと思います。
(文=さんきゅう倉田/元国税局職員、お笑い芸人)