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時代の波にのれず閉店!

西武、H西洋銀座...銀座セゾン閉店にみる堤家の没落

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『執事の仕事術』(PHP出版)

 有楽町西武の次はホテル西洋銀座――。セゾン文化の華が、またひとつ銀座から消える。東京テアトルは5月16日、銀座・中央通りに居を構える「ホテル西洋銀座」の営業を2013年5月末日で終了すると発表した。


 セゾン文化とは、80年代に西武百貨店やパルコなどを中心にセゾングループが展開してきたハイクオリティな文化事業だ。生みの親は、グループを率いた堤清二氏(85)。作家、詩人としては辻井喬の名で知られる。


「不思議、大好き。」「おいしい生活。」などのコピーでハイセンスなイメージを打ち出して一世を風靡し、現代美術や前衛的な音楽、現代思想を意欲的に紹介した。時代の最先端を走っていると誰もが感じていた。


 84年10月、朝日新聞社や日劇のあった東京・有楽町に複合商業施設、有楽町マリオンをオープン。キーテナントとして有楽町西武が入店した。セゾングループ代表の清二氏は高らかにこう宣言した。


「情報発信機能を持った、まったく新しいタイプの店を作っていく。ここ(有楽町西武)は、感性劇場、マインドシアターだ」


 各種ローンや証券、別荘、チケットの販売が感性劇場とどうつながるのか、もうひとつ理解できなかった面もあるが、それでも、飛ぶ鳥を落とす勢いで流通業界を席巻した清二氏は間違いなく80年代という時代の寵児だった。


 ホテル西洋銀座は、銀座テアトルビルの竣工に伴い、87年3月に開業した。清二氏が志向した、上質&良質な文化戦略の結晶がホテル西洋銀座だった。


 先代の堤康次郎氏がつくった西武グループは、異母弟の堤義明氏(78)が率いる西武鉄道グループと清二氏が引き継いだ西武流通グループに分かれた。西武流通グループは、後に西武の名前を外しセゾングループになった。当初から鉄道が主、流通は従だった。


 義明氏のプリンスホテルに対して、スケールではなく質で対抗したのがホテル西洋銀座だった。少数に限定した宿泊客に、最高のラグジュアリーを提供する画期的なホテルと評判になった。豪華な施設に贅沢なサービスを詰め込んだこのホテルは、日本で初めてコンシェルジュ(宿泊客のあらゆる要望に対応する総合世話係)を導入。全77室すべてにバトラー(専属の客室係)を用意した。

『執事の仕事術』


「その執事、現実。」って西武っぽいね。

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