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誰が回した? 謎の檄文を公開

週刊文春の日経新聞社長不倫スクープで出回る怪文書

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 7月11日発売の『週刊文春』(文藝春秋/7月19日号)が報じた日本経済新聞社・喜多恒雄社長の“スキャンダル”。日経新聞側は同日付朝刊で、「事実無根の見出し・記事で名誉が傷つけられた」として、発行元の文藝春秋などを近く提訴する方針を明らかにしている。記事掲載に至るまで、両者間ではどのようなやりとりが交わされていたのか。その“バトル”が垣間見える文書を入手したので、ここに紹介したい。


 文書のタイトルは、「ご通知(緊急) (誤った誤解に基づく記事掲載の中止要求)」。日経新聞の代理人弁護士が発売日前の7月9日付で、文藝春秋の平尾隆弘社長、「週刊文春」の木俣正剛発行人と新谷学編集人の3人宛に出している。

 内容に触れる前に、発端となった『スクープ撮! 日経新聞喜多恒雄社長 マンションからご出勤の美人デスク』という記事を振り返っておこう。その骨子は以下の4点だ。

①5月28日の朝、都内某所のマンションから出てきた喜多社長に続いて、その約10分後に同社経済部の"美人"デスクが姿を見せた。この女性デスクは前日の午後6時にマンションに入り、一夜明けて、仕事用の服装に着替えて出てきた。

②女性デスクは1989年にニューヨーク総局のスタッフとして現地採用された。当時の上司は喜多社長。92年に正社員として東京本社に入社するが、日経OBは「彼女が社員に採用された経緯がきわめて不自然」と指摘。この春に行われた大幅な紙面改革でも抜擢されたが、現場の評判は芳しくない。

③文春取材班が確認しただけでも、この女性デスクは5月30日、6月3日、同24日にも、このマンションに泊まり、翌朝タクシーで大手町の日経新聞本社に出勤している。

④女性デスクが帰宅途中の事故で入院した際、大阪赴任中だった喜多社長(当時役員)がなぜか病室にいたとの目撃証言。

 文春取材班は喜多社長をマンション前で直撃、さらに後日、あらめて広報担当者同席のもとで取材した。これに対し、喜多社長は疑惑に反論。「だから取材不足なんだよ、君は!」と取材陣にキレたという。

 今回入手した「要求文書」は、その同席取材の後に出されたものと見られる。文書を出した代理人弁護士も、この取材の場に同席したようだ。

『不倫のリーガル・レッスン』


これぞイリーガル・ビジネス。

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