私はこうして日本マイクロソフトで数少ない女性営業部長になった
(すばる舎/田島弓子)
そんな田島氏が自らの経験を元に書いた『働く女性 28歳からの仕事のルール』(すばる舎)が、男女問わず多くのビジネスパーソンの間で人気を博している。
現在は、自身が設立したブラマンテ株式会社の代表取締役として、主に若年層や中間管理職に対し、キャリアのコンサルティングや講演活動を行っている田島氏に、
「マイクロソフトとは、どのような会社なのか?」
「どのようにして営業部長にまで上り詰め、プレイヤー、そして管理職として高い成績を残してこられたのか?」
「心身のバランスを保ちながら、継続的に働き続けるための方法とは?」
などについて、語ってもらった。
――マイクロソフトとは、どのような会社なのですか?
田島弓子氏(以下、田島) マイクロソフトというと、やはりビル・ゲイツのイメージが強いですが、社内交流の一環でソフトボール大会などをやるくらい、日本法人は和気あいあいとした一面もある会社でした。少なくとも、外資系の個人主義・成果主義一色の会社ではありません。加えて、日本法人の社員は、基本的には日本人が中心ですから、チームで仕事をして盛り上がることもあります。
私はWindowsを販売する営業職でしたが、さまざまな部署と連携して、色々な提案をお客さまへ持っていける「俯瞰力」のある仕事のスタイルを求められていました。個人主義とはまったく真逆というか、周りの人々と一緒にお客さまへの提案をつくりあげていく大切さを、当時の上司には口酸っぱく言われましたね。
一方、外資系企業の特徴として、社内で話している会話の中で横文字が多かったですね。EPGやSMSなど、アルファベット3文字で何かを短縮している暗号のような言葉が、日常的に飛び交っていました。それを理解するために、一生懸命メモしたことを覚えています。
――マイクロソフトに入社されたきっかけを教えてください。
田島 本書の中でも紹介していますが、マイクロソフトに入社する前は、イベントを主催する会社でIT業界の展示会の仕事に携わっていたんですね。「そろそろ次のキャリアを」と考えた時に、興味のあるIT業界で働きたいと思い、人材紹介会社に登録したところ、マイクロソフトの求人を見つけたのです。でも私自身は業界経験がないから、マイクロソフトは記念受験のつもりで受けたら、内定が取れたというわけです。
入社した後に、人事の方から「履歴書の内容だけだったら、厳しかったかも……」と言われ、実際に会ってみて「この人だったら欲しい」ということで入社が決まったと聞きました。おそらく、前職の展示会の仕事をしている時に、マイクロソフトとのお付き合いがあったので、接点のあった社員の方に「田島さんという人が来ているんだけど、どう?」という感じでヒヤリングして、お口添えいただいたのかなと思います。
――田島さんがマイクロソフトに入社された時は、社内はどのような雰囲気だったのですか?
田島 IT業界は「ドッグイヤー」、ビジネスのスピードや新しい技術が開発されるスピードがものすごく早いといわれていますが、まったくその通りでした。日本企業であれば、稟議書を何回も上げて、決定までに1週間かかることを、会議のその場で決定してしまう。しかも、管理職とかではなく、現場の担当社員が意思決定している。それに接した瞬間、「すごいな」と感じました。
●文化や慣習に合わせながら、成果を発揮する
――それまでとはまったく環境が違うところで、どのように適応されていったのですか?