「美人すぎる女性起業家、最年少でマザーズ上場」。10月19日、こんなニュースがテレビで流れた。東証マザーズに新規株式公開(IPO)したトレンダーズ(東京・渋谷)である。初日の19日は大量の買いが入り値がつかず、5870円の買い気配のまま取引を終了した。
上場2日目の22日。初値は6500円。公開価格2550円の2.5倍。一時ストップ高の7500円まで上げ、終値は6980円。23日も1000円(ストップ高)の7980円をつけた。連日の人気となっている。
経沢香保子(つねざわ・かほこ、戸籍名:岡本香保子、39)社長は億万長者になった。所有株式数は59万2500株。初値で計算すると時価総額は38億5125万円。夫の岡本伊久男・取締役は37万3800株を所有しており、時価総額は24億2970万円。夫婦合わせて62億8095万円の大富豪が誕生した。23日の高値で計算すると2人合わせて77億1107万円強となる。
同社はソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)関連。流行に敏感な女性を自社会員(womedia会員)として登録。顧客企業から依頼された化粧品などの商品の利用体験をブログサイトに掲載する。口コミで女性向けに情報を発信するソーシャルメディア・マーケテングが主力事業だ。
今年8月末のwomedia会員は6万2694名。2013年3月期の業績は、売上17億4000万円(前期比45%増)、経常利益3億9100万円(同40%増)、純利益2億3500万円(同51%増)を見込んでいる。2014年同期(来期)の経常利益は6億2500万円(今期の会社計画に比較して60%増)。超強気の利益目標を立てている。IPOした新興企業の業績予想の典型だ。直ぐに下方修正するのではないかと懸念される。
経沢氏は千葉県松戸市の生まれ。桜蔭中・高校を経て、慶應義塾大学経済学部卒業。起業までの3年間に3社で“量稽古”を積んだ。量稽古とは、彼女によると「数多くの訓練を積み、キャリアを磨くトレーニング法」のことだ。
97年4月、リクルートに入社した。リクルートは新入社員に「名刺獲得キャンペーン」をやらせる。一定期間、新人に飛び込み営業をさせて、獲得した名刺の数を競うイベントだ。彼女は効率的な訪問ルートを調べ上げ、日中は休憩をとらず、ひたすら名刺を集め続けた。約550枚の名刺を集め、関東地区でトップになった。
1年でエイ・ワイ・ネットワークに移り、さらに99年11月、創業間もない楽天に転職。楽天がまだ従業員数10名の小さな世帯の頃で、さまざまな新規事業の開発にかかわったという。
ネットバブル最中の2000年4月、トレンダーズを設立し、念願の起業を果した。
女性用ランジェーリーの通信販売を手掛けるピーチ・ジョンの野口美佳社長(当時)との交友を自慢するなど、“お友達”は六本木ヒルズ族だ。
経沢氏は野口美佳社長から大誕生会に招待された喜びをブログ(09年1月14日付)に、こう綴った。
『お誕生日会場は、東京ジョイポリス貸切!! すべてのアトラクションやゲームが参加者のために無料で開放され、各所に、遊び心ある仕掛けと、ホスピタリティが満載。そして、芸人の方々が、舞台上でエンターテインメントを繰り広げ、参加した私は超楽しんでしまいました』
トレンダーズの後ろ盾は六本木ヒルズ族の成功者であるサイバーエージェント社長の藤田晋氏。10年5月にサイバーエージェントの子会社になったが、株式上場に備え11年9月、サイバーが経沢社長などトレンダーズの取締役に株式を譲渡した結果、子会社ではなくなった。それでもサイバーエージェントは13.7%を保有する第3位の大株主だ。だが、藤田氏はしたたかだ。トレンダーズの株価が上昇したこともあってだろう。10月30日に113500株を売却した。持ち株数は227100株から113600株(6.85%)に半減。トレンダーズの主要株主でなくなった。他人のフトコロ勘定だが、このIPOで藤田社長はいくら儲けたのだろうか。
株式公開でビジネスモデルがゆらぐ?
経沢氏&トレンダーズを有名にしたのは、日本マクドナルドのヤラセ事件に関連してだ。業界では「サクラ バーガー」と呼ばれている。
08年12月23日。大阪の心斎橋にある御堂筋周防町店に徹夜組を含め約3000人が殺到し、1キロメートル以上の大行列になった「クォーターパウンダー」の販売キャンペーンの一環で、アルバイトが大量に動員された。派遣会社のフルキャストなど2社がアルバイト1000人を時給1000円で募集。別に3セット分のハンバーガー代が支払われた。
このヤラセ事件では、マクドナルドのPR業務の一部を担当していたとされるトレンダーズ(なお、同社のHPには、「以前同社が一部受託したマーケティング支援」となっている)の経沢香保子社長が、ネット上でバッシングを受けた。自身のブログで取引関係を伏せたステルスマーケティングを展開したのではないか、と批判されたのだ。
ステルスマーケティング(略称ステマ)とは、企業がそれが宣伝であると消費者に悟られないように宣伝活動を行うことをいう。客を装って店に行列を作る“さくら”のような古典的手法がまず思い浮かぶ。近年ではインターネット、特にブログやツイッター、掲示板といったソーシャルメディアを使って、企業や広告会社が、口コミを装って意図的に世論&評価を誘導することを指す。
東京・表参道でクォーターパウンダーが販売された際の、経沢社長の『人生を味わい尽くす』というタイトルのブログが槍玉に挙がった。表参道店の開店の様子を記した「なに なに? 5日後になにかあるの?? めちゃめちゃ気になる。ここは表参道A2出口すぐのところだから確かマックがあったと思います。通りすがりの皆さんも気になるようでケイタイで写メとっていらっしゃる人が多かったです(後略)」(08年10月26日更新)に始まって、数日後、用事で表参道を訪れたと前書きした上で、クォーターパウンダーの大行列に遭遇したと報告している。「チラシをみると、『QUARTER POUNDER』という、海外のハンバーグブランドが日本に上陸とのこと。クォーターパウンダーと読むらしいですが、そんなブランド初めて聞きました。(有名?)」「赤と黒のカッコいいロゴデザインで、店内もごった返し。なんとメニューは2種類のセットしかなく、いさぎよカッコイイかんじ(原文のママ)」「11月3日まで毎日先着1000名にオリジナルTシャツをプレゼントということで、ちゃっかり買っちゃいました。かっちょいい~」(08年11月2日更新)
こうした経沢社長の一連のブログの内容について、「宣伝の一環だったのではないのか」という疑問の声が上がった。確かにブログの末尾には「以上、マクドナルドさま『クォーターパウンダー』体験レポートでした」と書いているが、「宣伝の一環では」という疑問を投げかけたコメントをすべて自身のブログから削除する対応をしたため、ネットの2ちゃんねるや個人ブログなどで批判が高まったという経緯がある。
これらの批判の中には「御堂筋周防町店の開店直前の」08年12月17日に、トレンダーズが『クォーターパウンダー』試食会を実施。これに参加した人は自身のブログで(試食会)当日の様子を報告。その多くが『23日は買いに行きます』と書いていた」。「23日の行列については『今回、トレンダーズさんよりの案件に応募しました』と記して現地の様子を報告したブログもあった。サクラに参加したのかと聞かれると、『オープン当日のお客の模様、そして商品そのものを含めてブログでレポする』という案件だったと、ブログの主は返答した」とある。「トレンダーズはこの時の試食会以前にも、2008年4月29日に『チーズカツバーガー』の試食会、5月8日に『プレミアムアイスコーヒー』の試飲会を行い、コーヒー試飲会では経沢社長のトークショーも開催された」と書かれている。
これに対してトレンダーズ側は「行列作りのプロモーションは企画していない」というが、こうした書き込みも“疑惑”を深めた要因だ。
トレンダーズは同社のHPで「当社は今後も社会的責任を果たし、適切で健全な事業運営をすべく、高い意識をもって取り組んでまいります」としている。
トレンダーズのビジネスモデルは化粧品などの商品の利用体験をブログサイトに掲載して、口コミで女性向けに情報発信するものだ。トレンダーズは否定するだろうが、「ステルスマーケティングと紙一重」と指摘されてきた。株式を公開したことで消費者団体からの監視の目は厳しくなる。英米並みに規制が強化されれば、株価は下落するかもしれない。「美人すぎる女性起業家」の顔が曇ることになりそうだ。
銘柄としてのトレンダーズに関して「この手の株は勧められません」と敬遠する証券マンが多いのは事実。ビジネスモデルに不安があるからだろう。株価は10月30日には一時、280円安の7530円まで下げた。上場来の安値は上場2日目(10月22日)の6400円である。
新興市場に上場した銘柄の多くはIPOからの数日間のうちにつけた株価が歴史的な高値になるというジンクスがある。
業種は違うが、アパレルの通販サイトZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイ(前澤友作社長)の株価が年初来の安値を更新している。10月22日の安値は863円。年初来の高値は1月4日の1898円だ。2営業日連続で年初来の安値を更新したのは、18日に業績予想を下方修正したからだけではない。20日にツイッターで利用者が「送料や手数料が高い」と指摘したのに対して、前澤社長が「ただで商品が届くと思うんじゃない」、「注文しなくたっていい」とツイッターで呟き(呟きではないな、こうなったら別の次元だ)返したことが大きかった。前澤氏はその後、「反省する」旨の投稿をしているが、社長の発言で一段と売りが膨らんだ、と兜町の証券筋は分析している。ブログでの呟きが消費者の反感をさらに買い、業績悪化を招くと投資家は警戒したのだ。
ブランド衣料のネット通販はZOZOTOWNの独壇場だったが、米アマゾン・ドットコムが本格参入し、送料無料を武器にシェアを拡大しているという背景があるから、前澤社長の呟きが余計、話題になったわけだ。スタートトゥデイが10月30日に正式に発表した4~9月期の連結純利益は前年同期比16.5%減の17億円強と、一転して減益となった。ビジネスモデルが揺らいでいるのだ。
ZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイは1万円以下の買い物の際に徴収していた送料を11月1日から全て無料にすると発表した。「私自身も心を入れ替えます」と前澤社長は謝罪した。
なぜだろうか。トレンダーズの新規上場にあたり、スタートトゥデイが二重映しになった。そういえば前澤社長も一時期、起業家の星といわれ、マスコミを賑わした。
<訂正>10月25日掲載時の同記事内「クォータパウンダー販売キャンペーン」「ZOZOTOWN」に関する記述を加筆修正しました。また、「トレンダーズがクォーターパウンダーの販売プロモーションを企画した」旨の記述は削除しました。