チームだから戦えた』
集英社
昨年のロンドンオリンピックで史上最多11個のメダルを獲得し、世界に進歩と底力を見せつけた、競泳日本代表チーム“トビウオジャパン”。
これはキャプテン・松田丈志選手の「康介さんを手ぶらで帰らせるわけにはいかない」という言葉からも分かるように、競泳日本代表27人がチームとしてまとまった結果の勝利だったといえる。
水泳は個人競技という面が強い。そんな水泳で、どうやって彼らは一つにまとまったのだろうか。
27人が、自分の視点から競泳日本代表がチームとしてオリンピックに向かっていく様子を振り返った『つながる心 ひとりじゃない、チームだから戦えた』(27人のトビウオジャパン、松田丈志・北島康介・寺川綾…/著、集英社/刊)をのぞいてみよう。
■男子リレーチームをまとめた「ラーメン二郎」
練習は誰よりもストイック。しかし、その練習が終われば、彼らは普通の若者の顔に戻る。男子200mバタフライに出場した金田和也選手は「今回のトビウオジャパンには『ラーメン部』と『ゲーム部』とでも言うべきものがあって、これが楽しくて」(p67)と言う。
特に「ラーメン部」については他の2名の選手も触れており、部の中心人物は副キャプテンで“日本競泳界きってのラーメン博士”藤井拓郎選手。チームメンバーは他に高桑健選手、小堀勇氣選手、石橋千彰選手、外館祥選手ら、男子リレーメンバーが中心となっている。
ラーメン二郎はご存知の通り、並盛りでも量が半端じゃない。そこに彼らは「俺、ちょっと大盛りいっとくわ~」「チャーシュー増し増しや」などと言ってさらなる高みに挑戦するのだそうだ。こんな風にしてメンバーで練習後の夜を過ごす。
大阪府出身の藤井選手は、キャプテンの松田選手について「実績十分で練習はひたむき、ついでに本気で怒ると怖そう(笑)という理想的な背中で引っ張るタイプ」(p52-53)と述べた上で、場を和ませるのが得意な自分は、副キャプテンとして特に若い選手たちが先輩後輩を意識し過ぎない、楽しいムードを作りたいと思っていたという。
この雰囲気作りが、練習中は技術を伝え合うような関係を生み、選手たちのオン・オフの切り替えにも良い影響を与えた。つまり、競泳チームが一つにまとまる重要な要素となったのだ。
また、キャプテンの松田選手は、オリンピック競泳界のメダリストには関西人が多いことをあげて「オリンピック競泳界においては関西人の方というのは最強の遺伝子」(p17)と関西人を称えている。どこまでもプラス思考で、関西弁を崩さないマイペースさがあり、そして失敗すら笑いに変えてしまうたくましさがある。そんな関西人の特徴が、チームにもプラスに作用したのだ。
■「手ぶらで帰らせるわけには…」は実は2度目だった?
2012年新語・流行語大賞ベスト10にも選ばれた「康介さんを手ぶらで帰らせるわけにはいかない」は、それまでメダルのなかった北島康介選手がこの大会で出場する最後の種目、男子4×100メートルメドレーリレーの直後に生まれた。
ところが、この言葉、実は日本の競泳の歴史の中で使われたのは今回が初めてではなかったという。ロンドンから帰ってきて出席した日本水泳連盟のパーティーで、戦後間もない頃に活躍した橋爪四郎氏が、実は自分たちもあの言葉を合言葉にして頑張ったと松田選手に伝えたのだ。
第二次世界大戦後に日本が初めて出場したヘルシンキ大会。当時の日本のエースといえば古橋廣之進氏だったが、ピークが過ぎていたこと、そして病気の影響もあり本調子ではなかった。
実はヘルシンキ大会の前に開催されたロンドン大会には、戦争責任のために日本は出場できなかった。当時世界記録を何度も更新し、出場していたら金メダルを獲っていた可能性が高かった古橋氏も、オリンピックのメダル獲得のチャンスをもらえぬまま、選手としてのピークを逃してしまっていたのだ。
そのような経緯があったので、橋爪氏たちは「古橋を手ぶらで帰らせるにはいかない」を合言葉にして、リレーのレースにのぞんでいたそうだ。
その話を聞いた松田選手は、日本競泳陣はこんなにも昔からつながっていたんだと感銘を受けたそうだ。
この『つながる心 ひとりじゃない、チームだから戦えた』では、トビウオジャパン27人それぞれがオリンピックを振り返っており、そのエピソードからはまさに個性的なメンバーが揃っていたことを強く実感できる。萩野公介選手はメンバーを野球の打順で例えたり(4番はもちろん北島選手)、入江陵介選手はプールサイドで見えた「オリンピックの魔物」の正体について触れたりしている。また、寺川綾選手は若い世代の選手への接し方についても明かしており、読者はどんな立場であっても共感でき、学びになる部分があるはずだ。
巻末には松田選手と北島選手の対談も収録されている。
オリンピック閉幕後しばらくして、松田選手は現役続行を表明。さらに昨年末には北島選手の婚約が発表されるなど未だに話題が尽きない日本競泳陣。次回のオリンピックまでに、彼らがどのような進歩を遂げるのか、引き続き期待したい。
(文=新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。
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