ソニー、リストラ室の実態 2つの意味で天国!?40歳過ぎて仕事はスキルアップ学習だけ…
「週刊東洋経済 2013/3/23号」の特集は『入門 日本経済』だ。「円安と株高で日本経済の風景が変わろうとしている。厳選20テーマと40のキーワードで日本経済の今を読み解いた」特集だ。
テーマ「経済政策」では、安倍自民党政権の経済政策・アベノミクスの評価を竹中平蔵慶應義塾大学総合政策学部教授(肯定派)と池尾和人慶應義塾大学経済学部教授(否定派)にインタビュー。
テーマ「デフレ」については「賃金の下落がデフレの原因だ」とする吉川洋東京大学大学院教授と「消費者を“節約病”から解放する」という新浪剛史ローソン社長・CEOなどのインタビューを行っている。そのほかのテーマとして「円安」「消費税」「TPP」といった議論が紹介されている。向学心にもえる春ならではの特集といえるだろう。
残念なのはテーマ「海外経済」だ。「イタリア政治混迷で欧州危機は再燃するか」というタイトルで、2月末のイタリア総選挙で反緊縮財政派が台頭したことにによる緊縮財政の放棄のおそれと南欧諸国のデフレのおそれが紹介されているのだが、キプロスショックについては何も取り上げられていない。
キプロスショックとは、地中海の小国キプロスはギリシャの財政破綻のあおりを受け、財政が悪化し、加盟する欧州連合(EU)に支援を要請。ユーロ圏の財務省会合は16日、最大100億ユーロ(約1兆2300億円)を支援する条件としてキプロス政府に銀行預金に課税するように求めたことで、10万ユーロ超の銀行預金には9・9%、それ以下には6・75%を課税して58億ユーロを徴収することで合意したというニュースで、キプロス国民とキプロスに預金をしているロシアの富裕層はパニックになったというものだ。
特集自体は日本経済総まくり的な内容で、世界情勢分析は二の次になってしまったようだ。キプロスに関しては前号「3/16号」の巻頭のニュースコラム『不安定の中の「安定」 欧州で燻る政治リスク』の中で14行程度紹介されているだけだ。前号の特集は『相続・贈与から税務署対策まで1億人の税』だっただけに、キプロスの預金課税も紹介できたら充実の特集になっているはずだったと、編集者のくやしがる様が目に浮かぶ。
特集記事ではないが、考えさせられたのは、『REPORT ソニー「中高年リストラ」の現場「キャリアデザイン室」で何が行われているか?』だ。
2月末には東京都品川区に持つ自社ビルを三井不動産系のJ-REIT最大手、日本ビルファンド投資法人などに1111億円で売却したソニー。
ソニーは2012年3月期まで4期連続の最終赤字となっており、業績回復が急務だ。「12年度にグループで1万人の人員を削減する計画で、12年5月、9月、そして今年2月末を期限として『勤続10年以上かつ満40歳以上』の社員を対象に3度にわたり早期退職者の募集が行われ」ているのだ。
「東京キャリアデザイン室」という、社内で「戦力外」とされた中高年の社員を集めて、スキルアップや求職活動を行わせることを目的とした部署が設けられているという。東京キャリアデザイン室には午前9時前に出勤すると、自身に割り当てられた席に着き、パソコンを起動させる。
「会社から与えられた仕事はなく、やることを自分で決めなければならない。『スキルアップにつながるものであれば、何をやってもいい』とされているものの、多くの社員が取り組んでいるのは、市販のCD-ROMの教材を用いての英会話学習やパソコンソフトの習熟、ビジネス書を読むことだ」「必然的に転職のための活動を余儀なくされる。『上司』に当たる人事担当者とは1~2週間に1度の個別面談があり、その際に『他社への就職活動はきちんとやっているか』などと説明を求められる」「もし社内に踏みとどまろうとすれば、誰でもできる単調な仕事しか与えられない。『仕事が見つからずにキャリアデザイン室に在籍して2年が過ぎると、子会社への異動を命じられ、そこでは紙文書のPDFファイル化など、ひたすら単純作業をやらされる』」
……2000年代までであれば、こうした記事は労働者をリストラする企業側とかわいそうな労働者という構図で語られ、読者も共感していただろう。
しかし、「週刊東洋経済 2013/3/2号」の特集『2030年 あなたの仕事がなくなる』にあったように、コンピュータ技術の加速度的な向上が人間にしか出来ない仕事を大きく侵食し始めている。ITの進化スピードに負けない人間になる必要があるのではないか、というのが2010年代の一般的な現状認識になりつつある。『ワークシフト』(リンダ・グラットン著 プレジデント社刊)や『機械との競争』(エリック・ブリニョルフソン、アンドリュー・マカフィー共著 日経BP刊)といった本もベストセラーになっているのが現状だ。
こうした現実を前にすると「社外で英会話を学ぶ場合には自分で授業料を払わなければならず、近場での無料の講習会に参加する際に交通費が出る程度。社内の仕事を斡旋してくれることも皆無に等しく、自分で探し出さなければならない」(Bさん 40代)といった「みなさん、聞いてください! こんなひどい目に合っているんですよ!」的なエピソードも、すべての自腹でやらなければならない読者にとっては、なんとソニーは面倒見がいいのだろうとさえ思えてしまう。
さらに、「隣の人との会話はなく、電話もかかってこない。まるで図書館のような静けさ。時々、孤立感や言いようのない焦燥感にさいなまれることがある」(Aさん 50代前半)にいたっては、私のようなフリーの自営業者にとっては当たり前の日常。仕事場が静かならば、自己研鑽の読書(とくに『機械との競争』を読むべし)をつめばいいのではないかとツッコミたくもなる。
ソニーという大企業内でリストラ対象とはいえ、保護された正社員とその外側の厳しい労働環境下で働く読者との間で違和感が生じる記事だ。
こうした違和感に一定の説得力を持ってささやきかけるのが、竹中平蔵慶應義塾大学総合政策学部教授だ。特集内で「解雇規制も変えるべきだ。解雇規制を変えるというと労働者をどんどんクビにしていいのか、という極端な議論をする人があるが、これは趣旨を歪めている」という発言をしている。典型的な市場原理主義者の規制緩和論なのだが、たしかに、解雇規制を緩和すれば、ソニー「東京キャリアデザイン室」の労働力を、必要とされるべき環境にシフトすることができて、企業にとっても労働者にとっても理想的だ。
ただし、経済学的に正しくても現実はそうとは限らない。だとすればどうすればいいのか……このあたりまで踏み込まないと、大企業に保護されていない多くの読者の共感を呼ぶ労働問題の記事にはなりにくくなっている。とはいえ、まさにこのREPORTこそ、日本経済の現状を表す取材記事とはいえそうだ。
(文=松井克明/CFP)