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ノンフィクションライター 清泉亮インタビュー(4)

日航機墜落30年、想像を絶する地元民の苦悩 極寒の地で、520人の墓標を守る老夫

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ノンフィクションライター・清泉亮氏
 1985年8月12日、日本航空123便が群馬県上野村に墜落し、乗客・乗員520人が死亡した。単独の航空機事故としては、いまだに世界最悪の死亡者数だ。

 今年は事故発生から30年。現場近くに住むノンフィクションライター・清泉亮氏は7月に『十字架を背負った尾根』(草思社)を上梓、これまで言及されることがほとんどなかった上野村民の姿を描いている。前回までは、墜落現場を守り続ける一方で私利私欲に走る上野村民と、村に寄付金を提供する日航や事故を都合よく利用するマスコミとの関係を聞いた。

 今回は清泉氏に

・御巣鷹の尾根の厳しい自然環境
・本書のタイトルの「十字架」に込められた意味

などについて話を聞いた。

--そもそも、日航機墜落事故の現場に関心を持たれたきっかけは、なんだったのでしょうか?

清泉亮氏(以下、清泉) 数年前の秋に慰霊登山を行い、ひとりの老夫と出会ったのがきっかけでした。この老夫は御巣鷹の尾根を管理する、いわば墓守として知られている人物で、これまでにも新聞やテレビでも盛んに取り上げられています。この人物が尾根で口にした一言が、私の心に深い余韻を残すことになりました。

「山に来るマスコミは、『(ネタが)何かないか、何かないか』って……そればっかりだ。でも、何にもない時にも俺たちは一生懸命尾根を守っている。遺族にそういうところを伝えてもらいたいし、そういうのを記事や番組にしてもらいたい」

--メディアは常に大きな話、ドラマのあるネタばかりを求め、そんな時だけ寄ってくると嘆いていたわけですね。

清泉 誰もが事故の記憶を風化させてはいけないと声高に述べています。しかし、風化は現実のものとして加速してもいるのです。御巣鷹の尾根なら、ニュースになるのは基本的に毎年夏の開閉山、そして墜落当日の8月12日の慰霊祭でしょう。しかし、尾根を守り続けている老夫や周辺の集落の人々の取り組みは、そうした大きなイベント以外の、人目につかず、報道されていない部分のほうが圧倒的に多いのです。私は常々、物事には事件や事故などの、誰の目にも明らかな「鋭角」があれば、かならずそこにはそれを取り巻く、より大きな「鈍角」があると思っています。そして、その鈍角こそが、鋭角を支えている。この、日頃は目立たない鈍角の事柄を人々に伝える作業、それが私のテーマであり、ライフワークです。尾根で出会った地元の老夫の言葉は、そんな私の気構えに強く訴えてくるものがありました。

『十字架を背負った尾根』


まだ誰も目にしたことのない山深き慰霊の地が育む、四季という鎮魂の音色。山を守る人間とともに見つめた「御巣鷹の尾根」30年目の鎮魂の景色

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