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上昌広「絶望の医療 希望の医療」

製薬企業から巨額報酬 医療過誤死亡事故の国立医療センター院長へ…事故の責任も取らず

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国立国際医療研究センター病院(「Wikipedia」より/Waka77)
 8月が終わった。8月といえば1945年に太平洋戦争が終結した月であり、毎年戦争責任が議論される。「靖国で会おう」と神風特別攻撃隊に若者を送り出した帝国海軍幹部や、「生きて虜囚の辱めを受けず」と強調した帝国陸軍幹部の戦後の振る舞いを知るに、当時の陸海軍幹部の無責任ぶりに呆れ果てる。原爆投下、空襲、沖縄占領により、日本は存亡の危機に立った。この敗戦を招いた責任は、彼らにある。古くより「魚は頭から腐る」というが、まさにその通りだ。無責任な指導者に率いられた戦中の国民は不幸だった。

 ただ、このような状況は帝国陸海軍に限った話ではない。現在の日本でも同じようなことが繰り返されている。

 医療界においても最近、同じようなことがあった。それは国立国際医療研究センター(以下、医療センター)で起こった医療事故だ。

 昨年4月、整形外科の後期研修医であった30歳の女性医師が、脊髄造影検査で脊髄腔への投与が禁止されている「ウログラフイン」という尿路造影剤を投与し、患者が死亡した。今年7月14日、東京地裁の大野勝則裁判長は、禁固1年、執行猶予3年の判決を言い渡した。上告しなかったため、刑は確定した。明らかな医療過誤であり、女性医師は責任を免れない。

 この判決の是非はすでにさまざまなメディアで議論されているので、ここでは問わない。

 私が関心を抱いたのは、リーダーの振る舞いだ。医療事故がシステムエラーであることは世界の常識だ。リーダーはシステムに強い影響力をもつ。果たして、この事件でリーダーはどう振る舞っただろうか。


 医療センターの院長は中村利孝氏だ。ところが、私の調べた範囲で、彼が責任を取った形跡はない。このことは、すでに医療界から厳しく批判されている。たとえば、南相馬市立総合病院の研修医である山本佳奈氏は8月23日付「現代ビジネス」記事として『薬品誤投与で患者死亡 なぜ研修医だけが責任を取らねばならなかったのか』という論考を発表している。また、医療センターに勤務する知人の医師は、「末端の研修医に責任を押しつけ、幹部は頬被りしています」と言う。評判はよくない。

 太平洋戦争では、ポツダム宣言に戦犯の処分が盛り込まれた。自らの保身のため、軍幹部は「一億玉砕」と徹底抗戦を主張した。さらに、聖断により無条件降伏が決まった後には、証拠隠滅のために資料を焼却することを指示した。姑息きわまりないが、彼らの生命がかかっていたことを考えれば、理解できないわけではない。

 しかしながら、医療センターの幹部は、自らの責任を認めても処刑されるわけではないし、おそらく引責辞任にもならない。責任逃れをすれば、自らの人望をなくすだけでなんの得もない。なのになぜ、このような対応を取ってしまうのだろうか。