「マラソン前にロキソニン服用」がランナーの間で拡散…胃腸に重大な損傷をもたらす恐れ
賛否両論渦巻くなかで開催された東京五輪が終了した。振り返れば感動するシーンも多く、なかでもBMXオランダ代表のニック・キンマン選手が練習中にスタッフと激突し、膝を骨折したにもかかわらず鎮痛剤を打ってレースに出場して金メダルを獲得したことは、多くの人の心を打った。
キンマン選手の場合は、骨折による痛みという明らかな治療目的があり、鎮痛剤の使用も納得いくものだが、怪我もないアスリートが競技前に鎮痛剤を服用すると聞いたら、驚く方も多いのではないだろうか。
実は昨今、競技前に鎮痛剤を服用するアスリートが増えているという。SNS上でも、マラソンの前にロキソニンを服用しているといった投稿が散見される。こういったロキソニンの服用には問題がないのだろうか。スポーツファーマシストである石田裕子氏に話を聞いた。
NSAIDsの服用は注意が必要
「ロキソニンに代表されるNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)は、特にマラソンレース前の服用は危険といわれています。レースはそれだけでも体に十分負担をかけます。そこにNSAIDsを追加することで、横紋筋融解症、腎不全、低ナトリウム血症を引き起こし、脳浮腫、場合によっては昏睡を引き起こす可能性があります」
NSAIDsは、抗炎症作用、解熱作用、鎮痛作用を有する非ステロイド性の薬物の総称であり、次に示すような症状が発現する恐れがある。
胃腸:腹痛、嘔気、食欲不振、胃びらん・潰瘍、胃腸管出血、穿孔、下痢
腎臓:水・電解質貯留、高カリウム血症、浮腫、間質性腎炎、ネフローゼ症候群
肝臓:肝機能異常、肝不全
血小板:血小板活性化阻害、出血傾向
過敏症:鼻炎、血管浮腫、喘息、じんま疹、気管支喘息、潮紅、低血圧、ショック
中枢神経系:頭痛、めまい、錯乱、抑うつ、けいれん
皮膚・粘膜:皮疹、光過敏症、皮膚粘膜眼症候群、中毒性表皮壊死症
「海外では、運動前にロキソニンと同じNSAIDsのひとつであるイブプロフェンを服用されることが多く、長距離ランナーの70%がレース前にNSAIDsを服用しているともいわれています。すでにニューヨークタイムズでは、運動前のイブプロフェンの服用の危険性について警告しています。ある研究では、アスリートの血液サンプルを調査したところ、腸漏れを示すたんぱく質の数値が高いことが発見されました」
腸漏れとは、腸内の粘膜に隙間ができ、そこから毒素や細菌、未消化の有害な成分などが血液中に漏れ出る現象をいう。腸漏れは全身の不調や病気の原因となり、多くの疾患につながるといわれている。
「つまり、運動前のNSAIDs服用が胃腸の損傷を起こしているのです。また、血液中に結腸細菌が認められたランナーが、後に全身性の炎症を引き起こしたという報告もあります。胃潰瘍の二大原因はピロリ菌とNSAIDsといわれるほど、NSAIDsは胃腸に負担をかけます」
筋肉の回復が遅れる可能性
「そしてもうひとつ、運動前にNSAIDsを服用してはいけない理由は、NSAIDsは筋肉への血流を滞らせることです。ハードなレースで筋肉はダメージを受けますが、そのダメージを回復する過程で、筋肉には酸素と栄養素が運ばれ、同時に毒素が排出されます。その過程は、血液の流れを良好に保つことで効率よく行われます。逆に血液の流れが悪くなると、筋肉の回復も遅れます。アスリートがNSAIDsを服用する場合は、レース後に服用し、短期間の服用にとどめることが望ましいと思います」
NSAIDsは筋肉の炎症による痛みを軽減するが、筋肉の回復を遅らせることになる。また、ロキソニンを服用し、一時的に痛みを抑え競技に出場すれば、限界を超えてしまい、体へのダメージが広がる可能性もあり、長期的にみてアスリートにとってマイナスになるといえるだろう。
「たび重なる怪我などにより痛みが続く場合には、ストレッチ、冷湿布、理学療法などにより長期的で健康的な筋肉の回復方法を見つけてください」
十分な練習をせずにマラソンなどに出場すると、心肺機能や足などに痛みを覚えるが、それを抑えようとレース前に痛み止めを飲むのは、健康を害するだけでなく、体に大きなダメージを残しかねない。安易な服薬に頼らず、地道にトレーニングを積むことが重要といえるだろう。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)