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キリン、武田薬品…海外M&Aブームで「大金をドブに捨てる」日本企業、巨額損失や経営悪化

文=有森隆/ジャーナリスト
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キリン、武田薬品…海外M&Aブームで「大金をドブに捨てる」日本企業、巨額損失や経営悪化の画像1武田薬品工業・東京本社(「Wikipedia」より)

 現在、第3次M&A(合併・買収)ブームとの声が聞かれる。

 日本企業による海外でのM&Aが拡大しているのだ。2016年度の買収額は、前年度より33.8%増え過去最高の11兆円弱に達した。国内市場が成熟するなか、先進国の企業を買収することによって新たな販路を開拓し、収益を確保する動きが目立つ。先端技術、通信や保険、食品など幅広い分野でM&Aが行われた。高い技術やブランド力に価値を見いだしている側面もある。

 日本銀行の超金融緩和による低金利(マイナス金利策)で資金を調達しやすい環境が続いていることが、日本企業のM&Aの機運を高めている、との分析もある。

 M&A助言会社、レコフの調べでは、日本企業による16年度の海外企業の買収額は10兆9127億円と、3年連続で過去最高を更新した。件数も627件(前年度比5.7%増)で、過去最多となった。

 買収金額のトップはソフトバンクグループによる英半導体設計会社、アームホールディングスの買収で約3兆3000億円。全体のおよそ3分の1を占めた。日本企業による海外企業の買収で過去最大である。

 アサヒグループホールディングスは、東欧のビール事業を約8900億円で買収。キリンホールディングスやサントリーホールディングスに出遅れている海外展開を加速する。

 SOMPOホールディングス(旧損保ジャパン日本興亜ホールディングス)による米保険会社買収(約6400億円)、武田薬品工業の米製薬会社買収(約6300億円)など、大型案件が相次いだ。

 一方で教訓もある。06年の米ウエスチングハウス買収が、東芝解体劇の序章になったように、M&Aは中長期的に見て、必ずしもプラス材料になるとは限らない。それだけに怖さを伴う。

M&Aは売り手が絶対に有利

 拙著『海外大型M&A大失敗の内幕』(さくら舎)のあとがきでも触れたが、M&Aでは買い手に高いリスクが伴う。

 インドの後発薬メーカー、ランバクシー・ラボラトリーズの創業家一族のマルビンダル・シン、シビンダル・シンの兄弟は、第一三共に4883億円の超高値で自分の会社を売り払い、大富豪になった。今ではインドの「病院王」と呼ばれている。第一三共は09年3月期に3540億円の減損処理を行った。

 日本企業の経営者は「会社を売って儲けた」という成功体験がない。中身はボロボロなのに、表面だけを繕い、厚化粧した会社を買わされて臍(ほぞ)を噛む原因になっている。

 売れ残っていた米国の保険会社が次々と日本企業の傘下に入ったが、これは日本の保険会社が、米国の著名な投資銀行の餌食になったといえる。彼等にとって日本の金融会社はカモだったのである。

 海外M&Aに潜む罠として、「のれん」代がある。大型買収ののれん代は非常に大きく、買収した側の業績に重くのしかかる。今は東芝や楽天がのれん代の重荷に喘いでいる。

 ここで、最新事例を取り上げてみよう。

 キリンホールディングス(HD)は17年2月13日、飲料事業子会社ブラジルキリンを、オランダのハイネケン傘下のブラジル大手ババリアに約770億円(1レアル=35円で換算)で売却すると発表した。

 キリンHDは11年に当時、ブラジル国内でシェア第2位だったスキンカリオール(現・ブラジルキリン)の持ち株会社を約3000億円かけて買収。中国、米国に次いで世界3位のビール市場を持つブラジルに進出した。ところが、16年に開催された第31回オリンピック(リオデジャネイロオリンピック)前後の価格競争の激化で他社にシェアを奪われ、国内3位に後退。その後は赤字経営が続いていた。

 ブラジル進出がネックとなり、キリンHDは15年12月期決算では約1100億円の減損損失を計上し、上場来初の最終赤字に転落した。ブラジルキリンの赤字幅が縮小したことから、ようやく買い手が現われた。キリンはわずか6年でブラジル市場から撤退する破目に陥った。

M&Aに2兆円を使った男が経営の第一線から消える

 武田薬品工業の長谷川閑史(やすちか)会長が6月の株主総会後に退任し、相談役となる。

 長谷川氏は創業家の武田國男氏から社長の椅子を引き継ぎ、230年余の歴史を誇る武田薬品を「TAKEDA」に変身させるために2兆円を使って大型買収を仕掛けたが、このM&Aは必ずしも成功とはいえなかった。そのため、「2兆円をドブに捨てた男」と酷評する向きもある。

 14年6月27日に開かれた株主総会では、当時社長の長谷川氏が進めてきた大型買収を疑問視する質問状が事前に出されていた。質問状を出したのは「タケダの将来を憂う会」だ。憂う会は、創業家の一部やOB株主112人が結成したもの。会を取りまとめた2人のうちの1人は、戦時中に武田薬品と合体した小西新兵衛商店の創業家の子孫で、武田薬品7代目社長だった小西新兵衛の甥だ。同氏は武田薬品不動産の社長などを務めた長老であるため、「創業家の反乱」と大騒ぎになった。

 質問状の内容は7項目あり、主に次のような内容だ。

(1)米バイオ企業ミレニアム・ファーマシューティカルズ買収の失敗に対する責任の所在を明らかにせよ
(2)スイスの製薬会社ナイコメッド買収の失敗に対する責任の所在を明らかにせよ
(3)グローバル化の在り方、および国内技術者のモチベーションが低下する経営への疑問
(4)長谷川閑史社長の後任に外国人であるクリストフ・ウェバー氏を選んだことへの疑問
(5)外国人が多くを占める経営幹部会議を重視して取締役会が形骸化していることへの疑問
(6)高率の配当金を継続することにより財務が悪化することへの懸念

 憂う会の主張を要約すると、「ミレニアムとナイコメッドの2兆円買収は失敗だった。誰がその責任を取るのか」という点と、「外国人の社長就任に反対」の2点だ。

 ウェバー氏の社長就任は株主総会で90.36%の高率で認められたが、憂う会はこれを「外資の乗っ取り」と断じ、「ウェバー氏が社長になり、武田薬品が海外の有力大手に買収される事態になれば、きわめて優良な創薬技術が国外に流出する可能性が発生する。武田薬品の研究者の海外流出が危惧され、結果的にはエレクトロニクス産業大手の二の舞になる」と警告した。

 08年に米バイオ医薬品のミレニアム・ファーマシューティカルズを88億ドル(当時の邦貨換算で約8900億円)の現金で買収した。11年にはスイスの無名の製薬会社ナイコメッドを96億ユーロ(約1兆1100億円)で買収した。ナイコメッドの純資産は15億ユーロ(約1700億円)。ユーロ換算で純資産の6.4倍の資金を投じたが、手元資金では足りず6000億円を借金した。ナイコメッドは日本では無名に近い会社だったため、社内外から批判の声が上がった。有力な新薬候補がなかった上に、複数の投資ファンドが株を保有する非上場企業だったことも大きな要因だ。

 長谷川氏は、新興市場に強いというセールス・トークに飛びついたのである。確かに、ナイコメッドを買収したことにより、ロシアやブラジルなどで武田薬品独自製品の販売の道が開け、武田薬品がカバーする国は28カ国から70カ国に拡大した。また、医薬品の売り上げ世界ランキングで16位から12位に躍進するという読みがあった。

 だが結論からいうと、「TAKEDA」は世界市場では依然として10位以下で、“準大手”のままだ。

 一方、ナイコメッドの買収で巨額ののれん代が発生した。これが武田薬品の利益を圧迫し続けた。

 製薬業界では、年商1000億円超の医薬品を「ブロックバスター」と呼ぶ。かつて武田は糖尿病治療薬「アクトス」、高血圧治療薬「ブロプレス」、消化性潰瘍治療薬「タケプロン」、前立腺ガン・子宮内膜症治療薬「リュープリン」の4つで年商1兆円の売り上げを達成し、高収益の医薬品メーカーの名前を欲しいままにしてきた。いずれも自社で創薬したブロックバスターだ。

 しかし、タケプロンは09年、アクトスは11年、ブロプレスは12年に米国で特許が切れた。特許切れの危機を乗り切るために05年から海外でのM&Aに突き進んでいったのだ。08年から大型買収に踏み切った。このように、武田薬品は基幹医薬品が特許切れに追い込まれることがわかってからM&Aに乗り出したのだ。

 ナイコメッドのケースは、新興市場での販売力に賭けるという、安易なものだった。新興市場で販売力など、“泡沫(うたかた)の夢”のようなものだ。経営主体が替われば、過去の売り上げが持続する保証などどこにもないのだ。同社の買収を諮った取締役会は、長谷川社長以外全員が“消極的な反対”だったとされている。絶対反対といわないところが日本的といえる。

 追い込まれてからの買収は、だいたい失敗する。焦った経営者の目がどうしても曇ってしまうからだ。

JTはM&Aの難しさを体現している

 M&Aの難しさを示す典型が、JT(日本たばこ産業)の“クロスボーダーM&A”だ。JTは、M&Aで「成長の時間を買った」のだ。1999年に米RJRナビスコの海外たばこ事業(RJRI)を傘下に収め、07年には英ギャラハーを買収した。

 買収額はRJRIが9400億円、ギャラハーは2兆2500億円で、それぞれの時期の日本企業による企業買収額としてはいずれも過去最高だった。3兆円超のクロスボーダー(国際間)のM&Aで、JTは世界3位のたばこメーカーに躍進した。だが、情況が一変した。

 英たばこ大手のブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)は今年1月、米2位のレイノルズ・アメリカンを約5兆6000億円で買収することで合意した。すでに42.2%分の株式を取得済みだが、残り57.8%分を買い取るという。世界首位の米フィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)に対抗する、たばこ業界の新たな巨人が誕生することで、JTのM&Aは曲がり角にさしかかったといえる。

 JTはこの2社に、大きく水をあけられた。M&Aを継続するなら、世界4位の英インペリアル・ブランズを買収する手が残されている。しかし、JTがインペリアル・ブランズを買収するには、独占禁止法の壁がある。英ギャラハーを傘下に持つJTがインペリアルを合併すると、英たばこ市場でのシェアが8割を超えてしまうからだ。

 JTは、成長がストップすると1兆6000億円というのれん代の処理が重くのしかかってくる。

 17年3月に開催された株主総会で、「医療のM&Aを仕掛け、医療を成長の柱にすべきだ」との意見が株主から出た。JTは東京証券所第1部に上場している鳥居薬品の株式を53.4%持っている。JTと共同で研究開発をしており、アトピー性皮膚炎や鉄欠乏性貧血の治療薬に力を入れている。だから、欧米先進国で医薬品メーカーの大型M&Aを仕掛けるべきだ、との意見が株主から出たのである。

 たばこがダメなら薬品という株主の注文だが、武田薬品の失敗例でもわかる通り、医薬品の大型M&Aの難しさは、たばこ以上かもしれない。
(文=有森隆/ジャーナリスト)

有森隆/ジャーナリスト

有森隆/ジャーナリスト

早稲田大学文学部卒。30年間全国紙で経済記者を務めた。経済・産業界での豊富な人脈を生かし、経済事件などをテーマに精力的な取材・執筆活動を続けている。著書は「企業舎弟闇の抗争」(講談社+α文庫)、「ネットバブル」「日本企業モラルハザード史」(以上、文春新書)、「住友銀行暗黒史」「日産独裁経営と権力抗争の末路」(以上、さくら舎)、「プロ経営者の時代」(千倉書房)など多数。

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