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大崎孝徳「なにが正しいのやら?」

ユニクロ、フィリピンで実質価格10倍でも売れているワケ

文=大崎孝徳/名城大学経営学部教授
ユニクロ、フィリピンで実質価格10倍でも売れているワケの画像1ユニクロの店舗(撮影=編集部))

 たとえば、ユニクロの価格が10倍になったとしたら、果たしてどれくらいの消費者が購入し続けるだろうか。

 筆者はこの夏、フィリピンの大学でお世話になっていた。フィリピンの名目GDP(国内総生産)は3000億ドル程度と、日本の10分の1以下の水準である。実際、店員の給与は1日1000円程度となっている。1カ月に25日働くとして、月給2万5000円というのが庶民の給与の相場となる。

 こうしたフィリピン市場にユニクロは2012年に進出し、わずか5年で現在40店舗にまで店舗網を拡大させている。価格は日本と同水準(むしろやや高い)にもかかわらず、なぜ日本の10分の1程度の給与水準の国において人気の商品となっているのだろうか。

 幸いにも、現地にてフィリピン人消費者の日本ブランドへの意識といった学術的調査に加え、フィリピンにおけるユニクロのマーケティングに関して、ファーストリテイリング・フィリピンのCOO(最高執行責任者)である久保田勝美氏にお話を伺う機会を得ることができた。そこで、こうした情報を踏まえ、フィリピンにおけるユニクロ躍進の秘密に迫ってみたい。

ユニクロの国際マーケティング戦略

 まず、ユニクロの国際マーケティング戦略について整理しよう。企業が海外市場に進出する際に採用する戦略は、標準化戦略と適応化戦略の大きく2つに分けることができる。

 もちろん、各国においては独自の文化、商慣習、消費者ニーズが存在しているが、標準化戦略では海外市場をひとつの大きなグローバル市場と捉え、基本的には同一の商品、サービス、価格、広告、店舗といったマーケティングを展開する。

 この戦略を採用すれば、市場ごとに異なるニーズに適応化させる必要がなく、よってローコストでのオペーレーションが可能となる。また、世界市場全体で販売するため、通常、販売数は極めて大きなものとなり、規模の経済が働くため、このこともローコストオペレーションに大きく貢献する。

 反対に、現地の消費者のニーズに適応化させないことにより、販売機会を失うケースも少なくない。「適応化させれば、より大きな販売が実現できたのに」と嘆くことにもなりかねない。

 一方、こうした販売機会の喪失を最小化させる、つまり売り上げの拡大に注目した戦略として、現地のニーズに細かく対応することを重視する適応化戦略がある。しかし、一般的に適応化させるにはそのためのコストが必要となり、規模の経済も犠牲にすることになる。さらに、適応化させる時間を考えれば、スピーディーな展開も難しくなるだろう。

 こうした「標準化と適応化のどちらが優れているのか」といったテーマは、古くから国際マーケティングの研究分野において活発に議論されてきた。

 だが、グローバル化が急速に進む現代においては、スターバックスや今回取り上げるユニクロなど、標準化戦略を志向することにより、大きく成功している企業が目立っているように思われる。

 このように、標準化戦略を志向するユニクロは、基本的には世界のどこの店舗においても同一の商品、サービス、価格、広告、店舗の内外装というマーケティングを行っている。もちろん、フィリピン市場は日本とは異なり一年中暑い日が続くため、日本では夏物となる商品が多く取り揃えられている。

 とはいえ、フィリピン市場向けに開発されているわけではなく、グローバル市場に向けて標準化された商品の中から品揃えが行われている。もっとも、ファーストリテイリング・フィリピンとして本部に夏物の品揃えを充実させてほしいといった要望を行い、実現させているということはあったようだが、これらはフィリピン専用商品ではなく、標準化された夏物の商品の数が増えたということである。

 また、フィリピン人は日本人と比べて小柄な人が多いが、標準化された商品の中から小さめのサイズをより多く取り揃えるということで対応している。こうした市場の特性に関しては、比較的容易に対応可能なようである。

格差社会への対応

 こうした気候や体形の相違よりも問題になるのが、格差社会への対応である。日本でも格差社会が話題になるが、もちろんフィリピンはその比ではない。路上で多くの子供が道行く人に小銭を要求する一方で、たとえばマニラにはポロ倶楽部が存在している。ポロは馬を用いる競技であるが、馬が途中で疲れてしまうため、3頭は用意しておかなければならないという一般庶民には想像を超えた世界である。

 もちろん、一部の富裕層に特化したビジネスも可能ではあるが、ユニクロは富裕層に限定せず、マス市場(マスの中でも上位層中心)をも対象として、市場1位を目指すビジネスを志向している。

 よって、中間層が厚い日本においては大きなひとつのマス市場に向けたメッセージの発信でよいものの、フィリピンにおいては富裕層とマス市場に分けたメッセージの発信が重要なポイントになる。富裕層の人々は頻繁に海外旅行を行っており、たとえばニューヨークやパリといったユニクロのグローバル旗艦店での買い物を経験している人も多いため、グローバルなアパレルブランドとしてユニクロを捉え、フィリピンにおいても日常的に購入している。

 一方、マス市場の人々は、ユニクロの海外動向に関する情報を得ておらず(仮に得ていたとしてもイメージがわかないようである)、フィリピンにおいて憧れのブランドであるユニクロというイメージを伝えるために、たとえばフィリピン出店5周年を迎えたキャンペーンにおいてはミス・ユニバースで優勝したフィリピン代表をイメージキャラクターに起用するといった施策が講じられている。

 ちなみに、筆者はパリでユニクロの店舗を訪れた際、いくらなんでも巨大で立派すぎるのではないかと思ったが、こうした店舗はその地域を商圏とする通常の店舗とは異なり、世界中の消費者に向けてユニクロをアピールする、まさにその名のとおり、グローバル旗艦店であるのだなあと改めて強く感心した次第である。

 また標準化を強く推進しているものの、たとえばフィリピンはとりわけ高齢者を労わることが強く人々の心に根付いており、家族の買い物を待つ間、椅子を提供して座ってもらうといった適応化したサービスも実施しているようである。

 しかし、標準化vs.適応化に関しては、次のように語った久保田氏のコメントが大変印象に残っている。

「適応化しないようにがんばっている。日本発+グローバルなアパレルというイメージを大切にしながら、ユニクロの基本ともいえる、『よい品質、よいサービス』『LifeWear;人々の生活をより豊かに、より快適に変えていく究極の普段着』『シンプルで、上質で、長く使えるという日本の価値観』をフィリピンでも強く訴求している。

 仮にユニクロが強く適応化を進めていたならば、地元のSPA(製造小売業)であるBENCH(ユニクロより2~3割程度安い)、または100円のTシャツや300円のジーパンを販売する個人商店との戦いに苦戦したかもしれない」
(文=大崎孝徳/名城大学経営学部教授)

大﨑孝徳/香川大学大学院地域マネジメント研究科(ビジネススクール)教授

大﨑孝徳/香川大学大学院地域マネジメント研究科(ビジネススクール)教授

香川大学大学院地域マネジメント研究科(ビジネススクール)教授。1968年、大阪市生まれ。民間企業等勤務後、長崎総合科学大学・助教授、名城大学・教授、神奈川大学・教授、ワシントン大学・客員研究員、デラサール大学・特任教授などを経て現職。九州大学大学院経済学府博士後期課程修了、博士(経済学)。著書に、『プレミアムの法則』『「高く売る」戦略』(以上、同文舘出版)、『ITマーケティング戦略』『日本の携帯電話端末と国際市場』(以上、創成社)、『「高く売る」ためのマーケティングの教科書』『すごい差別化戦略』(以上、日本実業出版社)などがある。

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