任天堂と株式会社ポケモンからゲームタイトル「ポケモン」の特許権を侵害しているとして訴訟を提起されている「Palworld(パルワールド)」の開発元・ポケットペアは今月8日、当該訴訟の状況を報告するリリースを発表し、任天堂からの訴えの内容、対象特許、要求されている損害賠償の金額などを公表。SNS上では
「これ印象操作酷いな まるで最近とった特許のように書いてる」
「都合の良いミスリードで同情誘ってるようにしか見えない」
「特許の出願日の書き方に悪意があって」
「部分的な特許の日付を意図的に書いて、やり方が」
「思ったより損害賠償金の額が少ない」
などと、物議を醸している。どのような点が議論を呼んでいるのか。また、ポケットペアに「印象操作」などの意図があると考えられるのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
ポケットペアのリリースによれば、任天堂が侵害されていると主張している対象特許は計3件で、いずれも特許出願日は今年1月の「パルワールド」発売日以降となっているが、これらは2021年に出願、23年に公開された原特許が分割出願されたもの。
「今回のリリースには分割出願された日付と登録日のみが記載され、原特許の出願日と公開日が記載されていないため、“任天堂はパルワールド発売後に急いで出願した特許について侵害されたと主張している”という印象操作をしているのではないか、との見方が広まっているわけです。要は、大元になっている原特許の出願日・公開日がパルワールドの発売前であることを意図的に隠している、という見方ですが、任天堂側が公表していない対象特許や損害賠償の金額までポケットペア側が一方的に公にしている点も含めて、批判を浴びているわけです。ポケットペアにそのような意図があるのかないのかは分かりませんが、ポケットペアは提訴が公表された直後のリリースで『インディーゲーム開発者が自由な発想を妨げられ萎縮することがないよう、最善を尽くしてまいります』『ゲーム開発以外の問題に多くの時間を割かざるを得ない可能性がある状況は非常に残念』などと自分たちがインディーゲーム会社であることを強調したり、訴訟が進行中にもかかわらずPlayStation 5(PS5)版を全世界で発売したりして、疑問の声も多く寄せられていたこともあり、その延長線上で今回も炎上気味になっている面はあるでしょう」(ゲーム業界関係者)
裁判所の判断に影響を与えることはない
弁理士法人iRify国際特許事務所代表弁理士の永沼よう子氏はいう。
「推測の域を出ませんが、このタイミングでこのような内容のリリースが発表された背景として、ポケットペア社に現在多数の問い合わせが寄せられており、余裕がなく、個別対応も難しい状況になっている可能性が考えられます。一度に回答する形をとることで、通常業務への影響を最小限に抑えたい意図があったのかもしれません。加えて、これまで『同情を引くために感情的な表明だけをしている』といった批判が一部で見られたことも踏まえ、今後の対応を明確化する意図があったのではないでしょうか。さらに、リリースにおいて分割出願分の出願日と登録日のみを記載した点については、原特許に遡って説明すると複雑化するため、リリースという形式上、簡潔にまとめる必要があったのではないでしょうか。
一般論ですが、もし提訴された企業側に『世論の印象操作』を意図する動きがあるとすれば、それは浅はかと言わざるを得ません。特許侵害に関する裁判において、世間の同情が裁判所の判断になんら影響を及ぼすことはありませんから。ですから、今回もそのような意図があったわけではないであろうとお答えしたいところです」
パルワールドは今年1月19日にリリースされ、発売1カ月でSteam版(3400円)は約1500万本売れ、Xbox(Game Pass)版が約1000万人にプレイされるなど、総プレイヤー数が約2500万に上る大ヒットを記録。Xbox運営元の米マイクロソフトが、パルワールド向けの専用サーバー提供や、グラフィックスやメモリ最適化に向けたエンジニアリングリソースの提供を通じてポケットペアを支援することを発表するなど、異例の展開となっていた。9月にはPS5版も日本を除く全世界68の国と地域で発売され、現在も売上が伸びているとみられるが、それを踏まえると任天堂とポケモンが要求している損賠賠償(各500万円)がかなり低額ではないか、との感想も出ている。
「リリースでも『損害の一部を損害賠償として求めるもの』と記載されているように、対象となる特許は登録から間もないものであることから、現時点では任天堂およびポケモンが被った損害額を正確に算出するのは難しい状況です。よって、現時点で提示されている金額は比較的控えめであっても、訴訟が進行する中で必要とあらば上方修正するものと考えられます」(永沼氏)
任天堂は勝ち目があると判断しないと提訴しない
パルワールドの登場キャラクターが「ポケモン」のそれに酷似しているという点は、「パルワールド」リリース当初から指摘されており、1月にはポケモン社が以下のコメントを発表していた。
「お客様から、2024年1月に発売された他社ゲームに関して、ポケモンに類似しているというご意見と、弊社が許諾したものかどうかを確認するお問い合わせを多数いただいております。弊社は同ゲームに対して、ポケモンのいかなる利用も許諾しておりません。なお、ポケモンに関する知的財産権の侵害行為に対しては、調査を行った上で、適切な対応を取っていく所存です」
その後、この問題をめぐって目立った動きはなかったが、9月、任天堂とポケモンはポケットペアに訴訟を提起したと発表した。任天堂の訴えが裁判所に認められる可能性は高いのか。
「現時点では明確な結論は出せません。ただし、任天堂の知財部については、過去の事例から判断するに勝訴の可能性が低い訴訟を起こすケースは少ないとの心証を持つ方が多くいるようです。任天堂は、ゲーム業界大手として業界全体の知的財産保護の土台をつくってきた存在であり、どちらかといえば業界の発展のため自社が所有する特許についても、ある側面で開放的な姿勢を持つ企業だという印象があります。その同社が今回、提訴に踏み切ったといことは、任天堂にとってさすがに看過できないと判断した事情があり、また放置しておくことはゲーム業界の健全なコンテンツ産業の育成という観点からも好ましくないと考えたのかもしれません」(永沼氏)
ポケットペアが得る利益
訴訟が進む一方で、ポケットペアはパルワールド関連ビジネスを積極的に展開している。前述のとおり、9月には日本を除く全世界68の国と地域でPS5版を発売。7月にはソニーグループのソニー・ミュージックエンタテインメントとアニプレックスの3社で『パルワールド』のIPやライセンスビジネスを世界で拡大させるジョイントベンチャーを設立すると発表している。
パルワールドによってポケットペアが得た売上は多額に上るとみられる。ゲーム業界関係者の見解に基づき、発売後1カ月間に限って試算してみると、まずSteamではゲームタイトル開発元がSteam運営元のValveに対して支払う販売手数料は30%といわれており、単純計算でポケットペアが得る売上は
3400円(価格)×1500万本×70%=約357億円
となる。また、サブスクリプション型にも対応しているXbox(Game Pass)でのパルワールドのプレイヤーは約1000万ユーザー。ポケットペアとXbox運営元であるマイクロソフトの契約内容は不明だが、マイクロソフトのアプリストア「Microsoft Store」では開発者が得る売上高のシェアは88%とみられ、概算を把握するため仮にXbox(Game Pass)で1ユーザーの利用につきポケットペアがマイクロソフトから
3500円(Xbox版)×88%
を得るとした場合、「×1000万人」で約308億円となる。よって、両プラットフォームから得る売上は計665億円にも上る。
(文=Business Journal編集部、協力=永沼よう子/弁理士法人iRify国際特許事務所代表弁理士)