任天堂と株式会社ポケモンは19日、ゲームタイトル「ポケモン」の特許権を侵害しているとして、「Palworld(パルワールド)」の開発元であるポケットペアに訴訟を提起したと発表した。「パルワールド」をめぐっては以前から登場キャラクターが「ポケモン」のそれに酷似しているとの指摘が広がっていたが、なぜゲーム業界をけん引する大手である任天堂は、同社よりはるかに規模の小さなゲーム開発会社に対して強硬手段を取るに至ったのか。また、「パルワールド」が配信停止となったり、ポケットペアが巨額の損害賠償をする展開となる可能性はあるのか。識者の見解を交え、ゲーム業界の実態とともに追ってみたい。
戦って捕獲した「パル」を仲間に入れ、それらを活用しながらさらに強い「パル」を探しにいくという設定の3Dオープンワールドゲーム、パルワールド。今年1月19日にリリースされ、発売1カ月でSteam版(3400円)は約1500万本売れ、Xbox(Game Pass)版が約1000万人にプレイされるなど、総プレイヤー数が約2500万に上る大ヒットを記録。Xbox運営元の米マイクロソフトが、パルワールド向けの専用サーバー提供や、グラフィックスやメモリ最適化に向けたエンジニアリングリソースの提供を通じてポケットペアを支援することを発表するなど、異例の展開となっていた。
パルワールドにもたらされた売上は多額に上るとみられる。ゲーム業界関係者の見解に基づき試算してみると、まずSteamではゲームタイトル開発元がSteam運営元のValveに対して支払う販売手数料は30%といわれており、単純計算でポケットペアが得る売上は
3400円(価格)×1500万本×70%=約357億円
となる。また、サブスクリプション型のXbox(Game Pass)でのパルワールドのプレイヤーは約1000万ユーザー。ポケットペアとXbox運営元であるマイクロソフトの契約内容は不明だが、マイクロソフトのアプリストア「Microsoft Store」では開発者が得る売上高のシェアは88%とみられ、概算を把握するため仮にXbox(Game Pass)で1ユーザーの利用につきポケットペアがマイクロソフトから
3400円×88%
を得るとした場合、「×1000万人」で約299億円となる。よって、両プラットフォームから得る売上は計656億円にも上る。
法的手段を取るに至った理由とは
そんな大成功を収めた「パルワールド」の懸念事項として指摘されていたのが、前述のキャラクターのデザインに関する問題だ。1月にはポケモン社が以下のコメントを発表していた。
「お客様から、2024年1月に発売された他社ゲームに関して、ポケモンに類似しているというご意見と、弊社が許諾したものかどうかを確認するお問い合わせを多数いただいております。弊社は同ゲームに対して、ポケモンのいかなる利用も許諾しておりません。なお、ポケモンに関する知的財産権の侵害行為に対しては、調査を行った上で、適切な対応を取っていく所存です」
任天堂はゲーム機「Nintendo Switch」「ニンテンドー3DS」「Wii U」に加え、「マリオ」「どうぶつの森」「Nintendo Switch Sports」シリーズなど数多くのタイトルを開発していることから、所有する特許の数は膨大。知財ポータルサイト「IP Force」によれば、2024年の1年間だけで128件の特許を取得している(9月21日現在)。だが、公表されている情報を見る限り、同社が競合他社を特許権侵害で提訴するケースは稀だ。
例外はある。2018年、同社は「白猫プロジェクト」が特許権を侵害しているとして開発・販売元のコロプラに44億円の損害賠償と製品の差し止めを求めて提訴。21年にコロプラが任天堂にライセンス料を含めて33億円の和解金を支払うことで合意した。
任天堂とポケモン社が法的手段を取るに至った理由は何なのか。ゲームプロデューサーの岩崎啓眞氏はいう。
「『パルワールド』はそれなりの規模の開発費用と体制で制作され、ゲームタイトルとしての規模はそれなりに大きいといえます。一定の規模のタイトルである以上は、他社の特許権を侵害しないよう配慮してゲームを開発するという業界的・社会的ルールは守られてしかるべきであり、“インディーゲームだから”という理由で他社の特許権を侵害してよいというロジックは成り立ちません。その大前提に則って任天堂は判断したのかもしれません。
また、『パルワールド』のキャラクターやゲーム内容が『ポケモン』に酷似しているのかどうかは議論が分かれるところではありますが、『パルワールド』はこれだけ大ヒットしたため、任天堂が“『ポケモン』のビジネススキームを侵食されかねない”と感じてもおかしくはありません。そして『パルワールド』はXboxから特別なサポートを受け、さらにソニーグループのソニーミュージックエンタテインメントとアニプレックスの3社で『パルワールド』のライセンスビジネスを拡大させていくためのジョイントベンチャー(JV)を設立すると発表し、『パルワールド』のIPを世界に拡大させる意向を表明しました。もし『パルワールド』が任天堂の特許権を侵害しているとすれば、こうした一連の動きを受けて任天堂が法的措置を取るのは当然といえるでしょう。
あくまで推察ですが、任天堂とポケモン社が今回、著作権侵害ではなく特許権侵害で提訴したところなどをみる限り、1月の『パルワールド』のリリース以降、静観していたわけではなく、確実に訴訟で勝つために入念に準備を進めてきたと考えられます」
山岸純法律事務所代表の山岸純弁護士はいう。
「知的財産関係の訴訟に長けた弁護士(私は序の口程度です)の間でも、知的財産の中でも『著作権』侵害訴訟はやりにくいという考えがあります。なぜなら、著作権侵害は、ある人間が創作した表現に、どこまで似てるかどうかによるので、正直なところ、“何となく”のから離れられないからです。この“何となく”うちのキャラクターに似てる、“何となく”背景の絵が似てる、だけで数億円かけたゲームが判断されるのには、リスクが大きすぎます。
これに対し、『特許権』の場合、全て『文字』と『図』でその権利の範囲がわかりやすく特定されているので、パクったのかどうか、しっかりと裁判所に判断してもらえるのです。任天堂やポケモン社がどのような特許権を持ってるのか知りませんが、モンスターとのエンカウント関係、戦闘シーンに移る際のシームレス効果など、何かプログラム上の特許があるのでしょう」(9月19日付当サイト記事より)
任天堂の狙いはパラワールドの配信停止か
ゲーム業界の歴史は長く、現在も毎年多数の新作タイトルがリリースされいるため、多くのタイトルで同一の基本的技術が使われたり、自社で考案した技術が偶然に他社のそれと似てしまったり、他社の特許権を侵害している恐れがあるというケースは少なくないと考えられる。そのあたりの問題について、業界全体としてはどのような慣習・ルールとなっているのだろうか。
「ゲーム開発会社は、世間の想像以上に、他社の特許権を侵害しないよう相当な注意を払って開発を行っています。たとえば音ゲーに関する特許を多く持っているのはコナミですが、セガやバンダイナムコの音ゲーはコナミの特許権を侵害しないように異なる形式のゲームとなっています。任天堂に訴えられたコロプラも特許を調べたうえで、問題ないと判断していたわけです。そうした業界のルール・慣習に照らし合わせても、やはり『パルワールド』開発元の脇の甘さを感じざるを得ません」
任天堂は「侵害行為の差止及び損害賠償を求める」としているが、「パルワールド」が配信停止になる可能性はあるのか。また、損害賠償額はどれくらいになると考えられるのか。
「任天堂の知的財産の部隊はホントすごいので、確実にパラワールドの配信停止(侵害行為の差し止め)を狙ってるのでしょう。おそらくその通りの判断がされると考えます。また、特許法は、損害の立証について、権利者にものすごく優しい規定を設けており、裁判ではパラワールドが『儲けた』ことを示す資料を強制的に提出させることができ、さらにこの儲けた額そのものを損害金として認定してもらうことができます。
おそらく、ここに至るまで任天堂は徹底的にパラワールドのゲームを解析しているので、知的財産訴訟レベル3の私にも、裁判が始まった時点で任天堂の勝ちが見えてます。おそらく十数億円の損害金が認められるでしょう」(山岸弁護士/9月19日付当サイト記事より)
ソニーグループとのJV設立
任天堂による提訴を受けポケットペアは19日、以下のコメントを発表した。
「当社は東京を拠点とする小規模なインディーゲーム開発会社です。私たちの目標は常に楽しいゲームを作り続けることです。この目標は今後も変わらず、多くのゲーマーの皆様に喜びを提供するために、ゲーム開発を続けます」
「今回の訴訟により、ゲーム開発以外の問題に多くの時間を割かざるを得ない可能性がある状況は非常に残念ですが、ファンの皆様のため、そしてインディーゲーム開発者が自由な発想を妨げられ萎縮することがないよう、最善を尽くしてまいります」
このコメントに前出・岩崎氏はこう疑問を投げかける。
「ポケットペアの声明を裏から読むと、同社が『インディーゲームだから特許権を侵害しても許される』という考えを持っているかのような印象を与えかねないと感じます。たとえばコロプラは任天堂に提訴された際に声明で『特許権の侵害は一切ない』と主張しましたが、今回のポケットペアの声明には、そのような記述は見当たりません。もし特許権の侵害は存在しないという考えであるならば、コロプラのような対応・主張のほうが真っ当といえるのではないでしょうか」
ポケットペアは同社がインディーゲーム開発会社であることを強調しているが、ゲーム業界関係はこう疑問を呈する。
「ポケットペアはソニーミュージックエンタテインメントとアニプレックスの3社でJVを設立すると発表し、『パルワールド』のIPを世界に拡大させるとしていますが、これは大手であり、PlayStationを持ち任天堂にとっては強力な競合他社であるソニーグループと手を組んで、キャラクタービジネスを積極的に展開していくことを意味します。任天堂としては、『キャラクターや技術をパクっておいて数百億円を稼いだ上に、ソニーと組んでそのキャラクターでも大々的に稼いでいきますよというのは、さすがにやり過ぎですよ』という判断なのでは。『パルワールド』の販売だけにとどまっていれば、おそらく任天堂は許容範囲とはいえないまでも、ギリギリのラインということで見過ごしたのではないでしょうか」
(文=Business Journal編集部、協力=岩崎啓眞/ゲームプロデューサー、ゲームライター)