赤穂市民病院(兵庫県)に勤務していた一人の脳神経外科医が執刀した手術で、8カ月で8件もの医療事故が起きていた問題。その内実に迫った今月19日放送のNHK『クローズアップ現代 “リピーター医師”の衝撃 病院で一体何が?』内では、実際に手術中に事故が起きたときの映像として、執刀する医師が血があふれて視界が悪いなか脊髄神経を覆っている硬膜にドリルを当て、ドリルに白い神経が巻き付き切断される様子が放送された。このケースは防ぎようのないものなのか、もしくは、通常では起こり得ないレベルのものなのか。また、上司はこの医師の手術に問題があると認識しながら病院に報告せず、また病院内でも問題が噂されていたにもかかわらず、この医師は事故発生後も手術を繰り返していたというが、なぜこのような事態が生じるのか。医師の見解を交えて追ってみたい。
2019年に同病院に着任したA医師が20年1月に執刀した手術で、患者の足が麻痺して歩けなくなるという事態が生じ、患者の家族が病院に問い合わせたこともあり病院が調査したところ、着任から8カ月の間に執刀した手術で計8件の医療事故を起こしていたことが発覚。A医師、そして手術に立ち会っていた上司のB医師も、6件目の医療事故が起きるまで病院に報告していなかったという。『クローズアップ現代』によれば、この患者は手術中に脊髄神経を切断され、術後に下半身が激しい痛みに襲われ、重度の後遺障害が残り今後も歩行できるようになる見込みはなく、オムツでの生活を強いられているという。番組内では術後にA医師が患者の家族に対し「傷の痛みなのか、奥のほうの痛みなのか、ちょっとはっきりしません」と語る発言や、B医師が自身が事実の隠ぺいに加担したと認める発言を収めた録音も流された。ちなみにA医師はマンガ『脳外科医 竹田くん』の主人公のモデルといわれており、現在は別の病院に医師として勤務している。
医療事故はかなりの頻度で発生
冒頭の手術を受けた患者は「脊柱管狭窄症」と診断され、 腰椎の神経圧迫をなくすためドリルで腰椎の一部を切除する手術を受けた際に事故が生じた。慶應義塾大学病院や帝京大学病院などで数多くの手術に携わった経験を持つ医師の新見正則氏は、『クロ現』で放送された手術の映像を見た上で次のように語る。
「現実的には医療事故はかなりの頻度で起きています。海外と比較して日本の医療界では安全神話が強すぎる風潮がありますが、人間がやる以上は事故がゼロということはあり得ず、100%安全ということはありません。そのことを国もメディアも国民も認識できていません。手術の難易度というのは、執刀医が10年しか経験がないのか、熟練しているのかで違ってきますし、熟練して高い技能を持っている医師でも一定の確率でうまくいかないことが生じます。
ポイントは、医師や病院が患者に対して、手術や治療の前にリスクも含めて十分な説明を行っていたのかどうかという点です。リスクが高いにもかかわらず、それをきちんと伝えていなければ、それは問題です。そして、医師の説明を受けた上で、リスクと便益を天秤にかけて手術や治療を受けるかどうかを判断するのは最終的には患者の責任となるので、不審に感じたら別の行動を取るということになります」
「僕がね、迷宮入りにした張本人の加担者」
『クローズアップ現代』内では術後にA医師が患者の家族に対し「傷の痛みなのか、奥のほうの痛みなのか、ちょっとはっきりしません」と語る発言や、B医師が「僕がね、なんちゅうかな、うやむやに迷宮入りにした張本人の加担者の1人なんです」「A医師もピンチになるだろうから報告しなくてもいいかな、みたいな感じで」と語る発言が放送された。
病院がA医師に手術の禁止命令を出したのは20年3月に入ってからで、赤穂市保健所に報告したのは翌21年の12月。そして院内に調査委員会を設置したのが22年2月、公式に会見で経緯を公表したのは同年6月だった。今年7月には前述の手術について業務上過失致傷の疑いでA医師と上司のB医師が書類送検された。
医療事故を減らすための根本的な対策
病院の報告書によれば、医療事故の結果、患者の死亡や顔面麻痺、意識障害、嚥下機能喪失といった後遺障害も生じているが、A医師が手術を繰り返すに至った点について、病院のガバナンスを問題視する向きもある。
前出・新見氏はいう。
「8カ月で8件というのは問題があるとは考えられるものの、現在の医療現場においては、どのような基準で医療事故であると判断し、そして、誰がどのような基準と判断に基づき手術をやめさせることを医師に強制できるのかは、非常に難しいです。
医療事故を減らすための根本的な対策は大きく2つあると考えています。ひとつは医療訴訟が増えることです。現状では、医療事故が起きても、その大半は訴訟になっていません。患者や家族が病院に訴訟を起こしても勝てないと思っていることや、医療訴訟に精通する弁護士の数が少ないことなどが理由ですが、もっと訴訟が増えれば、病院側はもっと真剣な姿勢になるでしょう。ですので、患者の側としては、不審を感じることがあれば弁護士に相談すべきだと思います。
2つ目は医師の偏在です。医療事故の増加の要因として医師不足がいわれますが、個人的には医師の絶対数は足りていると考えています。いくら医師を増やしても、医師が大都市に集中して地方の病院に勤務しない傾向や、多くの医師が東京などの整形外科医院に流れる実態が変わらない限り、地方病院における医療事故の問題は解決しません。医療費の7割が国の負担となっているのであれば、国が強制力を働かせて一定数の医師が地方に赴任するようにしたり、大都市の整形外科医院の数を制限したりといった施策を行うべきです。これは、国が決めれば済む話です」
(文=Business Journal編集部、協力=新見正則/医師、新見正則医院院長)