警視庁は29日、一般社団法人法違反(特別背任)容疑で東京女子医科大学の関係先として大学本部などを家宅捜索した。同学といえばここ数年、医療事故による患者数減少や職員へのボーナス不支給(のちに撤回)による看護師約400人の一斉退職騒動、約100人の医師の一斉退職、経営悪化に伴う学費1200万円値上げ、さらには資金の不正な流れがある疑いなどが表面化し、混乱が続いている。そのため今回の背任事件によって同学の破綻の可能性も取り沙汰されている。
特別背任の疑いが持たれているのは、東京女子医大の岩本絹子理事長が昨年4月まで代表理事会長を務めていた、同学の同窓会組織である一般社団法人・至誠会。一部の卒業生らが23年3月に岩本理事長を背任容疑で刑事告発していたことを受けたもの。30日付日本経済新聞によれば、至誠会の元職員は同学の経営統括部に勤務していた20年5月~22年6月に約3300万円の給与を受け取っており、20年5月~22年3月に至誠会側からも勤務実態がなかったにもかかわらず約2000万円の給与を得ていた疑いがある。同学の経営統括部は岩本理事長が理事を務めていた。
岩本理事長をめぐっては以前から不正な資金の流れが指摘されてきた。22年に「文春オンライン」は、至誠会が勤務実態がない職員に給与を支払っていた疑いや、至誠会の職員を同学に出向させて給与として多額の水増し・架空請求をしていた疑い、さらには、自身が支援する元タカラジェンヌの親族企業に同学から1億円もの業務委託料を支払わせ、かつ自身の甥を同社の運転手として契約させていた疑いなどを報じていた。
医師の流出が続く
東京女子医大は混乱が続いてきた。2001年と14 年に患者が死亡する医療事故を起こし、厚労省から特定機能病院の認定を取り消され、私学助成金も減額。患者が大幅に減少し経営が悪化していたなかで、19年度に理事長に就任したのが創業者一族である岩本氏だった。経営再建と称して賞与の大幅削減などに取り組む一方、設備の建て替え・新設に資金を投入。20年には経営悪化を理由に職員の一時賞与をゼロにすると発表したことを受け、約400人の看護師が一斉に退職する意向を表明。同年には理事室を新校舎の彌生記念教育棟に移転させる費用として6億2000万円を計上していることが発覚し、職員からの反発に拍車をかけた。
同学経営陣の職員に対する姿勢がうかがえる資料がある。同年6月に同学職員の労働組合は同学理事会と団体交渉を行ったが、同労組の「組合だより」には、そこでの理事会側の主張が次のように記載されている。
<組合)女子医大より減収額が多い大学でも一時金は出ている。
●減収と赤字は標念が違う。うちは約30億の赤字だ。その大学はどの程度の赤字ですか?黒字かもしれないでしょ。
組合)中小病院も赤字で苦しんでいる。それでも職員のことを考えて借りてでも何とか一時金を支給している病院もある。
●女子医大も借りてでも支給せよということですか?そんな不健全な経営は間違っているし、やるつもりもない。
(中略)
組合)看護師の退職希望者の予想数が400名を超えると聞いたが、そのことに対してどう考えているのか
●深刻だとは思うが、足りなければ補充するしかない。現在はベッド稼働率が落ちているので、仮に400名が辞めても何とか回るのでは、最終的にベッド数に見合った看護師を補充すれば良いこと。申し訳ないが、これは完全に経営の問題であり、組合に心配してもらうことではない。 組合員の労働条件の問題ではないので交渉の議題ではない。今後の患者数の今後の患者数の推移を見ながら、足りなければ補充すれば良いことだ>
(編注:●は理事会代理人の発言)
結局、同学は賞与を支払うことに決め、看護師の一斉退職が免れたものの、21年には約100人の医師が退職するという事態が発生(同学附属の3病院合計)。背景には大幅な給与カットがあった。
このほか、21年度入学から学費を年間200万円、6年間で計1200万円値上げし総額4621万円としたことも注目された。
「もともと東京女子医大は臓器移植や心臓外科などで豊富な実績を持ち定評があったが、現在では見る影もない。原因は杜撰な経営による経営悪化で事実上の賃金カットが行われ、医師や看護師の流出が止まらないこと。ICUをはじめ、あちこちの部門で医師と看護師の不足が激しく、内部はボロボロ。当然ながら評判も悪いので患者も来なくなるという悪循環に陥っている。経営破綻は避けられないという見方も強い。質の高い医療には優れた医師と最新かつ高度な医療設備が必要だが、そのためには病院の経営が良好であるという条件は重要。東京女子医大はその大前提が欠如している」(都内の大学病院医師)
東京女子医大の今後
東京女子医大が破綻する可能性はあるのか。大学ジャーナリストの石渡嶺司氏はいう。
「破綻までは行かなくても、後述の他大学による買収はあり得ます。と、いいますか、東京女子医大単独での生き残りは極めて難しい状況にあります。同学はもともと高い医療技術で評価されていました。しかし、01年に人工心肺事故、14年に全身麻酔剤の過剰投与事故、抗がん剤の過剰投与事故(判明は16年)などが起き、医療機関としての信頼が失われています。さらに大学病院としては他大学の5~7割程度という低い給与体系から、21年には医師が100人以上、退職しています。
ところが、岩本理事長は創業者一族というだけで要職を歴任し、14年には副理事長、19年には理事長に就任します。岩本理事長が経営を立て直したとはいいがたく、不透明な資金の流れなどが22年から一部週刊誌でも報道されていました。22年度事業報告書によると、経常収支差額がマイナス97.2億円。入院患者数(延べ)は12年度に67.8万人(附属病院を含む)だったものが22年度は43.8万人と減少しています。
医科大学は通例、医学部は赤字でも病院事業で利益を出し、学校法人全体では黒字にもっていくのが一般的です。それが入院患者数が減っており、それだけ大学の信頼が失われていることが影響しています。しかも、今回の背任事件によりガバナンス欠如が明らかとなってしまいました。こうなると、同学の独力による再建は期待できません。資金力のある学校法人が買収したうえでの再建が基本線となるのではないでしょうか。戦後、医学部のある大学の経営破綻は起きていません。仮に経営破綻となった場合、日本の医療の信頼が損なわれることになります。これを回避すべく、他大学の買収による経営再建が基本線となるでしょう」
東京女子医大が破綻を回避するため、別の医科大学や一般大学と合併・経営統合するという選択肢はあり得るのか。たとえば以前から医学部を持っていない早稲田大学が事実上の医学部創設のために東京女子医大の取得に動くという噂が取り沙汰されてきた。
「どこが買収しそうかという点について、候補となるのが早稲田大学と京都先端科学大学です。早大は創立以来、医学部新設が悲願でした。現在の田中愛治総長は18年の総長選に立候補した際、公約の一つに医学部新設を入れています。また、早大は東京女子医大と2000年に学術交流協定を締結、10年には大学院共同教育課程を開設しました。こうした縁から、早大は長年、東京女子医大を買収するのではとの観測が出ていました。ただし、東京女子医大の経営状況は相当悪く、それを早大が引き受けるには赤字額が大きすぎるとの指摘もあります。
もう1校が京都先端科学大学です。ニデック(旧日本電産)創業者の永守重信氏が京都学園大学を買収して開設したのが京都先端科学大学です。同氏は20年、医学部新設構想を公表しています。資金力があることから、この京都先端科学大学も買収元となる有力候補です」(石渡氏)
また、大学関係者はいう。
「早大が東京女子医大を買収・統合するということは、ないでしょう。医学部の経営は単独ではただでさえ赤字で、附属病院との一体経営でなんとか黒字を確保するというかたちですが、東京女子医大は法人として破綻のリスクもあるほど経営が悪い。純粋に経営的判断として、早大には東京女子医大を獲得する理由がなく、またリスクしかありません。また、早大ほどのブランド力と経営体力があれば、一緒になりたいと考える医科大学は少なくないでしょうから、早大としては経営が安定している医科大学と一緒になるでしょう」
では、東京女子医大を救済するかたちで合併・統合する大学は出てくるのか。
「出てこない可能性が高いと思いますが、都心の大きな医療拠点が丸々一つ消えることは厚労省としては避けたいでしょうから、本当に破綻が現実味を帯びてくれば、同省と文科省が動くことになるでしょう。東京の新宿区や足立区など良い立地に3つの附属病院を持ち、加えて複数の研究施設も有するなど、その保有資産を魅力的だと判断して取得に乗り出す大学は出てくる可能性はあるかもしれません。経営的には完全に失敗していることは明白なので、創業一族による関与の完全排除と現経営陣の刷新は絶対条件になってくるでしょうから、それを理事長含め現経営陣が受け入れるかどうかがカギとなってきます。もっとも、どこの医科大学も経営的には厳しいのが実情であり、なかなかハードルが高いのが実情です」(同)
(文=Business Journal編集部、協力=石渡嶺司/大学ジャーナリスト)