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榎本博明「人と社会の役に立つ心理学」

なぜ能力が低い人ほど“自信満々に話す”のか?ディベート&プレゼン重視教育の罠

文=榎本博明/MP人間科学研究所代表、心理学博士

なぜ能力が低い人ほど“自信満々に話す”のか?ディベート&プレゼン重視教育の罠の画像1

「Getty Images」より

 近頃は学校でディベートプレゼンテーションの訓練を受けてきているせいか、自分の意見をハッキリと口にする若者が多くなっているようだ。

 ただし、いかにも自信満々に振る舞う姿に、なぜか薄っぺらさが漂うのを感じることがある。「なぜ仕事ができない人ほど自信満々に断言する傾向があるんでしょうか?」と尋ねられることもある。じつは、それには心理学的な根拠があるのだ。

理解の浅い人ほど自信たっぷりに断言する

 学校教育のなかで、日本人は自分の意見を言うのが苦手だから、自分の意見を堂々と表現できるようにしようということで、ディベートやプレゼンテーションのスキルを訓練する教育が行われるようになっている。おどおどして意見が言えないよりは、堂々と意見が言えるほうがよいだろうし、そうした教育の効果は若手社員を見ていて感じることはある。

 だが、このところ気になるのは、自分の意見を無理やり押し通そうとする人が増えていることだ。思慮の浅い判断をしているのが明らかなケースでも、本人は自信満々に主張している。「なぜそこまで自信たっぷりに断言できるのか」「なぜそのような偏った意見を信じ込み、堂々と主張できるのか」と疑問に思わざるを得ないことが多い。

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『薄っぺらいのに自信満々な人』(榎本博明/日本経済新聞出版社)

 そこで問題なのが、今流行の自己主張を訓練する教育だ。いろいろな知識やものの見方を吸収し、自分の中身を充実させていかなければならない学校時代に、まだ乏しい知識をもとに、狭く偏った視点から、自分の意見を発表する訓練をひたすらやらされる。これでは小さくまとまってしまい、知識も乏しく、視野も狭いままに、「自分は正しい」と変な自信をもち、吸収力のない人間に育ってしまう。

 もともと物事を深く考えるタイプであれば、その悪影響はそれほど受けないかもしれない。だが、もともと物事をあまり深く考えないタイプだと、そうした教育の悪影響をもろに受けることになりかねない。

 世の中の出来事には、明確に断言しにくいことも多い。「こうかもしれない」と思いつつも、「でも、違うかもしれない」といった疑念が頭をよぎる。それが普通だ。物事を深く考えるタイプの場合、何らかの知識や視点を得たとしても、

「もっと別の知見もあるかもしれない」

「もっと違う見方があるかもしれない」

と思うため、現時点での自分の考えを絶対に正しいなどとは思えない。そのため、自信満々に断言するということにはならない。

 一方、物事をあまり深く考えないタイプだと、様相がずいぶん違ってくる。何らかの知識や視点を手に入れると、それですべてがわかったかのように得意になって吹聴したり、自信満々に断言したりする。もっと他の知見や視点があるかもしれないから断言はできないというような慎重さがない。その結果、中身の乏しい人物ほど自信満々に断言することになる。

 じつは、こうした傾向には、心理学的な根拠があることが実験によって証明されているのである。

能力の低い人ほど自分を過大評価する

 なぜかできない人物が自信たっぷりで、できる人物のほうが謙虚で自信がなく不安が強いのか。そのように感じる人がけっこういるはずだ。

 そうした傾向について考える際に、有力なヒントを与えてくれるのが、ダニングとクルーガーによって行われた実験である。彼らは、「ユーモアのセンス」などいくつかの能力に関するテストを実施し、同時に自分のユーモアのセンスについて自己評価させるという実験を行っている。

 まずは実際の成績をもとに、「最優秀グループ」「平均より少し上のグループ」「平均より少し下のグループ」「底辺グループ」に分ける。そして、テストの成績が「底辺グループ」の得点をみると、平均より著しく低いにもかかわらず、自己評価をみると、自分のユーモアのセンスは平均より上だと思い込んでいることがわかった。そこには、自分の能力を著しく過大評価する心理傾向が明らかにみられた。

 それに対して、「最優秀グループ」では、そのような過大評価はみられず、むしろ逆に自分の能力を実際より低く見積もる傾向がみられた。

能力の低い人は、その事実に気づく能力も低い

 次に、「論理的推論の能力」に関する実験結果もみてみよう。ここでも「底辺グループ」においては、実際の得点は、平均よりも著しく低いにもかかわらず、自己評価をみると、自分の論理的推論の能力は平均よりかなり上だと思い込んでいることがわかった。やはり自分の能力を著しく過大評価する心理傾向が明らかにみられたのである。

 ここではすべてを紹介することができないが、どの能力に関する実験をみても、成績下位の人たちほど自分の能力の過大視の程度が大きく、「底辺グループ」の人たちの過大視が最も著しいことが示されている。実際には平均よりはるかに低い成績であるにもかかわらず、自分の能力は平均を上回っていると信じ込んでいる。

 そして、「最優秀グループ」に属する人たちだけは、自分の能力を実際より過小評価していることが示された。

 このようにしてダニングとクルーガーは、能力の低い人ほど自分の能力を著しく過大視しており、逆に能力のとくに高い人は自分の能力を過小評価する傾向があることを実証してみせた。このことをダニング=クルーガー効果という。

 それに加えて、これら一連の実験によって証明されたのは、「能力の低い人は、ただ何かをする能力が低いというだけでなく、自分の能力が低いことに気づく能力も低い」ということであった。まさにこのことが、自信満々に物事を断言する人物ほど薄っぺらさが漂うことの理由と言える。

 物事を理解する能力の低さが物事を単純にとらえさせる。さらに、そうした能力の低さは自己認知をも妨げるため、「自分は能力が低い」あるいは「自分は成果を出せていない」という事実にも気づかない。そのため自信満々になってしまうのである。

 ここからさらに言えるのは、自分の能力の弱点についての自覚をもつことが成長への第一歩になるということである。

(文=榎本博明/MP人間科学研究所代表、心理学博士)

榎本博明/心理学博士、MP人間科学研究所代表

榎本博明/心理学博士、MP人間科学研究所代表

心理学博士。1955年東京生まれ。東京大学教育心理学科卒。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。川村短期大学講師、カリフォルニア大学客員教授、大阪大学大学院助教授等を経て、MP人間科学研究所代表。心理学をベースにした執筆、企業研修・教育講演等を行う。著書に『「やりたい仕事」病』『薄っぺらいのに自信満々な人』『かかわると面倒くさい人』『伸びる子どもは○○がすごい』『読書をする子は○○がすごい』『勉強できる子は○○がすごい』(以上、日経プレミアシリーズ)、『モチベーションの新法則』『仕事で使える心理学』『心を強くするストレスマネジメント』(以上、日経文庫)、『他人を引きずりおろすのに必死な人』(SB新書)、『「上から目線」の構造<完全版>』(日経ビジネス人文庫)、『「おもてなし」という残酷社会』『思考停止という病理』(平凡社新書)など多数。
MP人間科学研究所 E-mail:mphuman@ae.auone-net.jp

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