「Getty Images」より
教育現場では、将来の学力を大きく左右する非認知能力が注目されている。教育熱心な親も、非認知能力という言葉が気になっているはずだ。でも、それがどういうものなのかよくわからないという人が多いようで、よく質問される。
そこで、非認知能力の重要な要素となる「頑張る力」について考えてみたい。なぜかというと、最近の子育てや教育においては、「頑張る力」を培うのが非常に難しくなっているからだ。逆に言えば、子どもが小さいうちに「頑張る力」を高めることで、勉強でもスポーツでも、将来的には仕事でも、かなり優位に立つ可能性が高まるからだ。
小1プロブレムにみられる衝動コントロール力の乏しさ
近頃の子どもたちのさまざまな問題をみると、衝動コントロール力の乏しさが目立つ。それに関連して、小一プロブレムなどといって、幼稚園から小学校への移行で躓く子どもが非常に多いことが問題になっている。授業中に席を立って歩いたり、教室の外に出たりする。あるいは、授業中に騒いだり、暴れたり、注意する先生に暴力を振るったり、暴言を吐いたりする。そのような子どもが目立つようになってきている。
自由な雰囲気のなかで元気に遊ぶのが中心だった幼稚園から、勉強をするための統制された場である学校への移行がうまくいかないのである。そこで小1プロブレムなどと呼ばれている。
このような衝動コントロール力の乏しさは、子どもたちから「頑張る力」を奪ってしまう。自分の思うようにならない状況でも、イライラしたり怒りを爆発させたりせずに、ネガティブな気分を持ち堪える力、いわば忍耐力が「頑張る力」につながっている。
今の子どもたちに「頑張る力」が乏しいのは、忍耐力の欠如によるところが大きいように思われる。忍耐力の欠如が衝動コントロールを困難にさせているのであろう。
小学生の暴力行為も急増中
小学生の暴力行為が急増しているところにも、最近の子どもたちの衝動コントロール力の低さがあらわれている。
文部科学省による2017年度の調査をみると、教育機関における生徒の暴力行為の発生件数は、6万3325件であった。その内訳をみると、小学校2万8315件、中学校2万8702件、高校6308件となっている。
昔から思春期は情緒不安定になりがちなため中学校は荒れやすいとよく言われており、これまでは中学校が群を抜いて多かった。ところが、今では小学校の発生件数が中学校と肩を並べている。しかも、小学校の発生件数は、高校のなんと4.5倍にもなっているのである。
じつは、2011年までは小学校の発生件数は高校よりはるかに少なかったのである。2012年から小学校での発生件数が増え始め、ついに2013年に高校を抜き、2015年から年々さらに急増中であり、今や高校の4倍以上となっている。高校の件数を抜いてからわずか4年で4.5倍と大差をつけるほど急増中なのである。
自分の思い通りにならないと、ついカッとなって暴力を振るってしまう。そんな小学生が急増しているのである。それも凄まじい増え方と言わざるを得ない。このような小学生の現状をみれば、子どもたちの衝動コントロール力がいかに低下しているかがわかるだろう。
忍耐力の乏しい子どもたち
衝動コントロールができないのは、忍耐力が乏しいことによる。すぐに我慢できなくなるのだ。このような今の子どもたちの動向をみると、忍耐力を身につけさせるような子育てが行われていないといった問題が浮上してくる。
じつは、子どもたちの忍耐力の欠如というのは、ずいぶん前から指摘され始めていた。だが、「ほめて育てる」「叱らない子育て」を推奨する風潮により、それが修正されることなく、このところよりいっそう忍耐力の欠如が目立つようになっているのである。
大阪市からの依頼で2006年に私が実施した大阪市内の幼稚園教諭を対象とした調査において、「今の子どもや子育て状況を見ていて気になること」について尋ねたものがある。その回答をみると、「今の子どもを見て気になること」の筆頭にあがったのが「忍耐力のない子が目立つ」であった。しかも、64%の教諭がそれが気になると答えており、その比率は他を圧倒している。主な気になる点をあげると、以下のようであった。
「忍耐力のない子が目立つ」 64%
「周りに合わせられない子が目立つ」 52%
「過度に自己中心的な子が目立つ」 47%
「基本的生活習慣の欠如している子が目立つ」 46%
「自発性のない子が目立つ」 45%
「協調性のない子が目立つ」 44%
「友だちとうまく遊べない子が目立つ」 43%
こうした回答をみると、自分の感情や衝動、行動を必要に応じてうまくコントロールするのが苦手な子が多いのが気になるということになる。これはまさに非認知能力の欠如を意味している。
そうした子どもたちにみられる傾向は、今でも基本的に変わっていないどころか、むしろより顕著になっている。次に示すのは、2016年に山形県の放課後児童クラブ・子ども教室等の関係者を対象に私が実施した調査の結果の一部である。
子どもたちにみられる傾向として、「忍耐力のない子が増えていると思う」の比率が最も高く、86%がそう思うと答えていた。主な項目に対する回答は、以下の通りであった。
「忍耐力のない子が増えていると思う」 86%
「協調性のない子が増えていると思う」 80%
「友だちとうまく遊べない子が増えていると思う」 76%
「わがままな子が増えていると思う」 75%
「きちんとしつけられていない子が増えていると思う」 75%
「傷つきやすい子が増えていると思う」 75%
「頑張れない子が増えていると思う」 61%
日常的に子どもたちの相手をしている人たちのほとんどが、忍耐力や協調性が乏しい子どもたちが増えているのを強く実感していることがわかる。
問題の根は、我慢させないしつけや教育を奨励する風潮にある
小1プロブレムの発生理由としては、家庭におけるしつけが十分でないことが指摘されている。そのせいで忍耐力が身についておらず、衝動コントロールがうまくできず、思い通りにならない状況で暴走してしまうというわけだ。
子どもの忍耐力が低下しているため、子どもの興味を引きつけるべく、授業を子どもにとってもっと楽しいものに工夫する試みが奨励される風潮がある。だが、それは本末転倒なのではないだろうか。楽しくないと嫌だ、楽しくないと嫌になり苛立つ。それでは厳しい状況で頑張り抜くことなど期待できない。
この先、中学、高校と進んで行くにつれて、勉強や部活などで行き詰まることもあるだろう。社会に出てからも、仕事や人間関係でなかなか思い通りにならない厳しい状況に直面するはずだ。そこで大切なのは、子どもたちをたえずポジティブな心理状態にさせておくことではなく、ネガティブな状況を耐え抜く忍耐力を身につけさせることであるはずだ。そのあたりの勘違いが横行しているように思われてならない。
「ほめて育てる」「叱らない子育て」などといったキャッチフレーズをしょっちゅう目にするようになって久しい。子育て雑誌やネット上の子育てサイトでも、子どものほめ方がよく取り上げられる。私自身、そのような主旨の取材を受けることも多く、子どもをいい気分にさせればよいといった考えは危険だと警鐘を鳴らすのだが、時代の空気を変えるのは非常に難しい。
だが、「ほめて育てる」「叱らない子育て」というのは、親がラクをすることには貢献しても、子どものためにはならない。ほめて育てれば自己肯定感が高まると言われてきたが、実際はこのところ低下の一途をたどっており、傷つきやすい若者、我慢できない若者、頑張れない若者が世の中に溢れるようになっているという現実がある。
この先、勉強でも部活でも困難に負けずに頑張っていける子にするためには、たえずポジティブな気分にさせておくのではなく、ときに我慢をさせることでネガティブな気分を持ち堪えられる子、忍耐力のある子に育てる必要がある。それにより、将来勉強や仕事で頑張れる人間になっていくことが期待できる。
忍耐力の乏しい子が増えている今日、忍耐力があることは非常に大きな強みになるはずだ。
(文=榎本博明/MP人間科学研究所代表、心理学博士)