中国、なぜ自分を棚に上げていけしゃあしゃあと他国を批判できるのか?人類最大の権力闘争
『十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』(峯村健司/小学館)
なぜ隣の国の最高権力者に関するこの本をお勧めするのかは簡単です。日本とはまた違ったスケールの権力闘争に勝ち残った「13億分の1」の男の実情を知ることで、いま私たちが時に恐怖し、時に興味を持つ隣国の真の姿を垣間見ることもまた大事なことだと思うからです。
中国事情本や中国の権力者に関する本は多数出版されていますが、事実関係をしっかりと知りたいというニーズが読者にあるならば、本書が最も優れていると思います。この手の事情本でよくある著者の対象に抱きがちな思い込みを廃し、しっかりとした取材と調査を繰り広げ、真実を把握し事態を咀嚼しています。この分厚く赤いヴェールに包まれた世界を忠実に描写し紡ぎ出すこの本の素晴らしさに震撼するでしょう。
いわゆる「良書」ではなく、むしろ身も蓋もない完全なる生身の権力者と、その周辺にある中南海という中国政治の中枢を描き切ったこのノンフィクションが示唆するものは強烈です。
江沢民・元国家主席と、その影響下から最後まで逃れられず最終的に刺し違えるかたちで表舞台から去る胡錦濤・前国家主席、そしていま13億人の頂点にある習近平国家主席に対する期待と危惧が、率直なかたちで著者から提示され、その背景、解説、描写すべてが興味深い事実に彩られています。興味を持って読み進めるごとに、中国の抱える権力闘争とバックグラウンドが次々と解き明かされていき、ノンフィクションとは思えない深い感慨を読者に与えてくれる本に仕上がっているのです。
クーデター未遂、裏切る人物、失脚、そして栄華と暗転の中国政治の奥深さ。その一方で、忘れ去られる貧しい中国国民、止まらない腐敗と、環境汚染、バブル経済と急速な地価の下落、言うことを聞かない地方政治に人民解放軍……。さまざまな中国人とさまざまな思惑が織り成す中国政治の姿を見るには、まずこの本を押さえておいて損はないでしょう。
徹底した現場主義と検証
そのくらい興味深い本を執筆したのは、朝日新聞記者で中国総局特派員の峯村健司氏。アメリカ留学中の習近平の一人娘に米ハーバード大学で直撃取材を試みた場面から始まり、肥大化した国有企業から地方政府による乱開発まで暴走する中国を止められるのかという大きな舞台装置にまで、強烈な振り下ろしを行っている本書の凄みは、やはり食い込んだ先から情報をしっかり取り、咀嚼し、取り纏める著者のその力にあるのだろうと感じます。
凡百の「私はこう思う」という雑記調の中国事情本と太い一線を画す理由は、この徹底した現場主義と検証にあることは間違いなく、さらにこの本の奥行きを知るため読み合わせしようにも類書が乏しく、比較するべき本さえも見当たらないというところに本書の偉大さを感じるわけであります。
筆舌に尽くしがたいほど、知りたかった中国事情がしっかりと書き込まれたこの本が今後なす貢献は、中国にいささかでも興味を持つ日本人にとっては重大なものです。間違いなく日本国内における中国観の土台となることでしょう。ややもすれば、日中関係を考える上で多くの日本人が抱く先入観を根底から覆す内容であることはいうまでもありません。
権力闘争が共産党の活力の源泉である分、常に論理が中国国内へと内向きになり、日本をはじめ海外には「中国国内の面子」から「中国が国内や海外で行っていることを棚に上げて、よくもしゃあしゃあと他国を批判するものだ」というものまで、中国の独特な外交の原理の一端が見えるのも、本書から得られる重要な知見のひとつであるといえます。
最近の中国事情を知るには、あらゆる意味で本書が定番だといってもいいぐらい、ここ10年の中国関連本としては出色です。中国に興味関心好感不快感をお持ちの方は、ぜひご一読を。
(文=山本一郎)