弦楽器の奏でる音は、弦の張力に加え、太さ、長さによって異なる。これは、ピアノやパイプオルガンのような鍵盤楽器でも、マリンバや木琴・鉄琴のような旋律打楽器でも、フルート・クラリネット・トランペットのような管楽器でも同様で、部材の太さや長さは音の高低を決定する重要な要素となる。また、忘れてはならないのが、楽器の素材である。材質が異なれば、やはり音の高低や音色に変化をもたらす。
楽器のそんな性質を利用して、医療の現場が変わろうとしている。カリフォルニア大学リバーサイド校のボーンズ・カレッジ・オブ・エンジニアリング(BCOE)で助教授を務めるウィリアム・グローバー博士は、昨年9月12日、楽器によって生み出される音の周波数が楽器の物理的な特性によって決まってくる性質を利用して、数ある医薬品のなかに紛れ込んだ偽造薬や不良医薬品を簡単に見つけ出すセンサーを開発し、オンライン学術雑誌「ACS Omega」において発表した。
不幸なことに、発展途上国においては、数多くの偽造薬や不良医薬品が出回っており、問題となっている。WHO(世界保健機関)は、低所得国と中所得国におけるすべての医薬品の10%は偽造薬であると見積もっている。だが、偽造薬や不良医薬品を識別する機械は高価でベテラン技術者を要するため、発展途上国においては難しい課題となっている。
そこで、グローバー博士が注目したのが、3000年前のアフリカの楽器「ムビラ(カリンバ)」だった。ムビラは、板や箱(共鳴板)の上に並んだ鉄や竹の棒を親指の爪ではじいて演奏するシンプルな構造の楽器である。主に棒の長さの違いで音の高低が決まってくる。だが、先に触れたように、楽器はその材質によっても奏でる音が異なる。であれば、調べたい物質を楽器の一部に含めれば、その物質によって特徴づけられた音が発せられるようになり、別の物質に置き換えれば、その別の物質に特徴づけられた音が発せられ、違いが判別できるのではなかろうか。つまり、音の比較によって、偽造薬や不良医薬品を見つけ出せるに違いない。
そのように考え、グローバー博士率いるチームは、長さが段階的に異なる金属棒が配列されたムビラを改造した。自宅ガレージで廃材と金属管を見つけたグローバー博士は、その金属管をU字形に曲げてムビラの金属棒と置き換えた。そして、その金属管の中に調べたい液体を注入し、はじいて発せられる音を調べたのである。液体が異なればその密度も異なり、発せられる音の周波数も異なってくる。
たとえば、金属管の中に何も注入しない空の状態ではG#(ソのシャープ)の音が発せられ、水を満たした場合はF#(ファのシャープ)の音が発せられた。その他、グローバー博士の学生らは、地元の川の水からインドのバッファローのミルクに至るまで、あらゆるものの密度の計測にその装置を利用した。そして、最終的に、金属管の厚みを薄く、長さを5センチ以上にすることで最適なムビラ・センサーをつくり出せることがわかった。
音という周波数の違いが物質を判別する
グローバー博士が開発したムビラ・センサーは、疑わしい水薬と既知の製品の密度の違い、すなわち発せられる音の周波数の違いによって、2つの薬が同じ成分を有しているかどうかを判別できる。具体的に、風邪薬の例を紹介しよう。
グローバー博士らは、リバーサイド地区のさまざまな薬局で購入した、ポピュラーな風邪・インフルエンザ薬6品をテストしてみた。すると、センサーに仕込んだすべてのサンプルは同じ音(周波数)を発した。これは、サンプルの成分が同一で本物であることを示している。
だが、発展途上国ではいくらかジエチレングリコールが混入した偽の風邪薬が出回っている。ジエチレングリコールは、外見、味、匂いが無害のグリセリン(多くの風邪・インフルエンザ薬の有効成分を含めたシロップに利用される)と似ているが、経口摂取すると有毒である。1985年以降、ジエチレングリコールを含む薬によって引き起こされる致命的な集団中毒は、平均すると約2年ごとに世界のどこかで発生してきた。そのため、専門家と消費者の双方によって利用可能な廉価なセンサーがあれば、人々の命を救うことができる。
もちろん、グローバー博士の研究チームは、自分たちのムビラ・センサーで発せられる音の周波数を調べて、無害のグリセリンと致死的なジエチレングリコールとの違いを成功裏に判別できた。ただし、その周波数の違いはわずかに10Hzだった。
周波数の差が大きければ、耳で聞いてもその違いがわかるが、わずかであれば、機械の力を借りねばならない。だが、それも決して難しいことではない。
今では、その物質の判別作業は極めて簡略化されている。まず、センサーの金属管に調べたい物質を満たして、はじいて音を出す。その際、スマートフォンを用いて発せられた音を録音する。次に、その録音データを彼らがつくった分析用ウェブサイトにアップロードすると、オンラインで専用のソフトウェアがそのデータに基づいて周波数を表示する。比較対照の物質でも同じことを行い、周波数が一致すれば同一の物質、異なれば異なる物質であることを意味する。
偽造薬は故意に製造されるものだが、ときに製造段階で予期せず有害物質(異物)が混入したり、メーカーや卸売業者によって誤ったラベルが貼られてしまうケースもある。ムビラ・センサーは、そんな際でも頼れる機械となる。このメカニズムは、決して難しいものではないばかりか、音楽のわかる人であれば音(周波数)の違いも容易に理解できる。物質の違いは楽譜に記される音符の配置の違いでもあるのだ。グローバー博士は、親しみをもってもらうべく、あえて密度計測の楽譜版も論文に含めていた。
このムビラ・センサーは、誰でも簡単に偽造薬や不良医薬品を見つけ出せる優れた器械であるが、医薬品に限らず、複数の物質の違いを評価するのに役立つ。そのため、別の目的に応用できる可能性も十分あり、今後の普及が期待される。
(文=水守啓/サイエンスライター)