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中西貴之「化学に恋するアピシウス」

中国、宇宙開発大国に…年間の地球周回軌道到達ロケット数で世界一、日本に圧倒的大差

文=中西貴之/宇部興産株式会社 品質統括部
中国、宇宙開発大国に…年間の地球周回軌道到達ロケット数で世界一、日本に圧倒的大差の画像1月面走行を開始した直後の玉兔2号(提供=CNSA)

 中国の宇宙開発が急速にペースを上げています。2019年、最初に宇宙好きを盛り上がらせた話題は、中国の探査機「嫦娥(じょうが)4号」が人類史上初めて月の裏側への着陸に成功したというニュースでした。嫦娥4号は、搭載していた6輪式無人月面探査車「玉兔(ぎょくと)2号」を発進させることにも成功しました。なお、「嫦娥」とは月の世界に住むとされる仙女のことです。

 日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)に相当する中国の宇宙機関は、中国国家航天局(CNSA)です。CNSAは13年に「嫦娥3号」と「初代玉兔」を月の表側に送り込んでいます。このときは着陸には成功したものの、玉兔は謎のトラブルに見舞われ、すぐに活動を停止しました。

 日本が月周回探査機「かぐや」を送り込んだのは、それ以前の07年のことでした。ご存じの通り、その後日本は月へはまったく近づいておらず、米中の背中は遠くなるばかりです。かぐやの成功当時は後継機「かぐや2」で18年には月からのサンプルリターンを成功させたいというプランもありましたが、予算の都合でめどは立っていません。

 18年の1年間で中国は35基のロケットを地球周回軌道に到達させ、2位の米国の30機を抜いてもっとも多くのロケットを地球周回軌道に到達させた国となったことは、あまり知られていない事実です。なお、日本は4機です。日米欧ロが宇宙開発予算の削減で苦しむなか、中国ではCNSAはもちろんのこと、非常に多くの民間スタートアップ企業が国の厚い支援を受けており、中国国内企業同士が宇宙開発を競い合っているのは日本にはない光景です。

月の誕生をめぐる最有力説と異論

 人類初の月の裏側への軟着陸は、地球の兄弟である月の成因や、月の表側(地球に向いている側)と反対側(月は地球にいつも同じ側を向けている)の地形が大きく異なる理由など、多くの科学的知見を与えてくれるものとして期待されています。

 月の誕生のメカニズムで現在もっとも有力視されているのは、太陽系が誕生した直後の太古の地球に、地球の3分の1ほどもある惑星が衝突し、ちぎれ飛んだ破片が再集合して月になった、という「ジャイアントインパクト」説です。しかし、この説にはアポロが持ち帰った月の隕石の組成が地球の岩石とは異なることを根拠に、異論も唱えられています。今回、月の裏側の探査が行われることによって、ジャイアントインパクト説にもなんらかの影響を与えるものと期待されています。

イスラエルの民間団体も月面着陸に成功か

 嫦娥4号と玉兎2号に搭載された機器は、重慶大学など中国の科学研究機関のほか、公募で採用されたオランダの低周波観測装置、ドイツの月面中性子・放射線量探査装置、スウェーデンの中性原子探査装置、サウジアラビアの月小型光学イメージング探査装置が搭載されています。公表されている主なミッションは以下の3つです。

・地球の電波ノイズがさえぎられる月の裏側での低周波電波による宇宙観測

・月の裏側の鉱物組成や表面構造の調査

・月の裏側の放射線を中心とした環境の調査

 搭載された装置と公表されているミッションから容易に想像されるのは、まずは本当に月で資源採掘をする価値があるかどうかの初歩的調査を行おうとしていること。2つ目は、月の裏側への長期滞在における健康被害の予測です。

 低周波観測装置は、日本のかぐやに搭載され、内部の様子を画像として描き出し、地下空洞などの発見にも役立ったものと同様のレーダー観測装置だと思われます。また、嫦娥4号には綿花と豆の種子の栽培装置とミツバチの飼育装置が搭載されています。これらは、放射線の生物への影響と月での永続的な食糧栽培の可能性の調査に役立つはずです。

中国、宇宙開発大国に…年間の地球周回軌道到達ロケット数で世界一、日本に圧倒的大差の画像2宇宙での綿花の発芽実験の様子、左側で成長が進んでいる(提供=重慶大学)

 人類は国際宇宙ステーションを2000年前後に建設して、地球から400km離れた場所で暮らし始めました。そこに至るには、イヌやサルを打ち上げたり、決死の覚悟で人間が宇宙空間を周回飛行したり、いろいろな試行錯誤がありました。その後しばらく、人類は地球に引きこもっていましたが、資源問題が発生し、地球環境も大きく変わるこの時代に再び宇宙を目指しています。それは、人間のDNAが生き残ろうとするための本能なのかもしれません。

 また、最近ではイスラエルの民間団体が月面探査機の打ち上げに成功し、注目を集めています。2月22日、イスラエルの民間団体スペースILはユダヤ系の富豪やイスラエル宇宙局の協力を得て、「創世記」と名付けられた月面探査機「ベレシート」を米フロリダ州のケープカナベラル空軍基地から打ち上げました。4月中旬に予定されている月面着陸に成功すれば、中国に次ぐ4カ国目の月面軟着陸となります。

 日本は、「ひまわり」のような地球観測、「はやぶさ2」のような野心的な宇宙探査、そしてもっとも身近な地球外天体である月探査の3つを、どうバランスを取りながら進めていくか。十分な予算を得た官民が競い合いながら宇宙開発に取り組む中国やイスラエルのプロジェクトには、学ぶべき点も多いと思われます。
(文=中西貴之/宇部興産株式会社 品質統括部)

【参考資料】
China launched more rockets into orbit in 2018 than any other country』(MIT Technology Review)

打ち上げ実績』(JAXA)

中西貴之/宇部興産株式会社 品質保証部

中西貴之/宇部興産株式会社 品質保証部

宇部興産品質保証部に勤務するかたわら、サイエンスコミュニケーターとしてさまざまな科学現象についてわかりやすく解説

『宇宙と地球を視る人工衛星100 スプートニク1号からひまわり、ハッブル、WMAP、スターダスト、はやぶさ、みちびきまで』 地球の軌道上には、世界各国から打ち上げられた人工衛星が周回し、私たちの生活に必要なデータや、宇宙の謎の解明に務めています。本書は、いまや人類の未来に欠かせない存在となったこれら人工衛星について、歴史から各機種の役割、ミッション状況などを解説したものです。 amazon_associate_logo.jpg

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