インターネット上で舌禍を招く発言を繰り返したり、火星へ向けて愛車のテスラ・ロードスターをロケットで打ち上げたりして世間を驚かせている、アメリカの宇宙開発ベンチャー・スペースX最高経営責任者(CEO)のイーロン・マスク氏ですが、人類を再び月へ送り届ける計画を着々と進行中です。
2018年9月17日、マスク氏はカリフォルニア州のスペースX本社で記者会見を開き、ファッション通販サイト「ZOZOTOWN」を運営するZOZOの前澤友作社長が月往復旅行の最初のチケットを1基分まるごと買ったことを発表しました。
スペースXは垂直離着陸によるロケットの再利用に人類で最初に成功したことで知られ、ロケットの打ち上げ費用を大幅に削減する研究を続けています。さらに、宇宙ビジネスでは安定した実績を持つファルコン9ロケットや最新鋭のファルコンヘビーロケットなどを駆使して、商業衛星や国防衛星の打ち上げを60回以上行っています。
前澤氏が乗り込むのは、ファルコンヘビーの出力を30パーセント増強した「ビッグ・ファルコン・ロケット(BFR)」です。BFRの全長118メートルは、日本の主力ロケットで無人宇宙貨物船「こうのとり」の打ち上げに使われるH-IIBの2倍の高さです。
低軌道へは100トンの衛星を投入することが可能で、この点においてもH-IIBの19トンに対して5倍以上の出力を持ち、約50年前に人類を月に運んだアメリカ航空宇宙局(NASA)のサターンV型に匹敵する、人類史上最大級のロケットです。BFRは、将来的には、先行して発表されている人類火星移住計画に使用するために開発が進められています。
月旅行チケットの金額は公表されていませんが、前澤氏はロケットの開発そのものにも投資していることを考慮すると、費用は数千億~5000億円以上と推定されます。
また、前澤氏は月旅行に数名のアーティストを同伴させる予定です。アーティストが月の神秘的な姿を目の当たりにすることによって多くのインスピレーションを受け、それを作品に反映してもらうことが目的とのことです。アーティストが月を目の当たりにしたとき、何を感じ、どう表現するのか、楽しみに待ちたいと思います。
21世紀になっても月への有人飛行が難しい理由
23年に実現する予定の月旅行は、月への着陸や月上空での滞在はせず、月の裏側をぐるっと回って地球に帰還するというもので、いわゆる弾道軌道を飛行します。新たにロケットを開発するのは、現時点で人類最高出力のファルコンヘビーロケットでさえ、かつて月に人類を送り込んだアポロ計画のサターンV型に比べて3分の2の出力しかないからです。
アポロ計画では毎回3人の宇宙飛行士が最小限の装備で月に向かいましたが、今回はその2倍以上の一般人に加え、サポートする宇宙飛行士も乗り込む“大所帯”で月に向かうため、より出力の大きなロケットが必要となります。
スペースXは貨物専用のファルコンヘビーによる有人打ち上げも計画しており、国際宇宙ステーションへの人員輸送が19年前半以降に始まる予定です。ファルコンヘビーの有人運用のデータがBFRの開発に役立てられ、BFR の開発期間が短縮されるものと思われますが、まだ完成していないロケットの安全性が23年の時点で確保できているのか、不安は残ります。
『宇宙と地球を視る人工衛星100 スプートニク1号からひまわり、ハッブル、WMAP、スターダスト、はやぶさ、みちびきまで』 地球の軌道上には、世界各国から打ち上げられた人工衛星が周回し、私たちの生活に必要なデータや、宇宙の謎の解明に務めています。本書は、いまや人類の未来に欠かせない存在となったこれら人工衛星について、歴史から各機種の役割、ミッション状況などを解説したものです。