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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

自国民が嫌がる仕事を外国人労働者が担うのは、海外では常識…いないと欧米では国が回らない

文=篠崎靖男/指揮者
自国民が嫌がる仕事を外国人労働者が担うのは、海外では常識…いないと欧米では国が回らないの画像1「Getty Images」より

 5月5日付読売新聞1面の見出し『外国人材拡大 賛成57%』が僕の目を引きました。今年度から開始した外国人労働者受け入れ拡大の新制度下、厚生労働省は5年間で最大34万5150人の受け入れを見込んでいるといわれていますが、すでに日本では146万人の外国人労働者が活躍しているそうです。

 僕が海外に飛び出した25年前と現在を比べてみると、外国人の定住者がかなり増えていることに驚きます。多くの留学生がコンビニエンスストアでアルバイトをし、会社でもたくさんの外国人が仕事をしていますし、テレビを見てもハーフタレントが報道番組のメインキャスターとして出演しているくらい大活躍しており、外国人が日本に住んでいることに違和感を抱かない時代になりました。

 読売新聞の世論調査によると、74%の日本人が「最近、身の回りに外国人が多くなった」と感じているそうです。外国人が日本に住むことについては、71%の日本人が好感を持っており、農林水産業や土木建築、製造業に従事してもらえることに対する期待が高いようです。つまり、最近の若い日本人にはあまり人気のない第一次、第二次産業です。僕は職業柄、さまざまな業種のスポンサーの方々から話を伺う機会があるのですが、特に地方の第二次産業の会社の人材不足は深刻な問題で、就職活動期には求人活動にいそしまなくてはならないようです。

 少子化が進む日本で、これまでと同じ経済水準を保つためには、海外からの労働者を受け入れる必要性があるというのが、外国人労働者に賛成している方々の大きな根拠です。その理由は具体的で、人手不足を補い、経済の活性化や、国際交流に対する期待が多くを占めています。これは、年齢層でもはっきりと分かれており、バリバリ働く世代、特に20代と30代では71%が受け入れ賛成です。

 半面、リタイア世代でもある70代の方々は、51%が反対しています。その理由は具体的ではなく、一般生活にかかわった感情的なものが多い傾向があります。いくつかを上げてみると、日本人の失業者が増え、治安が悪化し、生活習慣の違いにより、地域社会のトラブルが増えるのではないかという不安です。

欧米は外国人労働者が不可欠

 僕は海外に在住した経験があり、イギリスでは永住権も取得していたので、外国人労働者であり移民でもありました。指揮者という特殊技能を持った職種なので、通常の外国人労働者とは同じではありませんが、欧米では外国人労働者がいないことには、国が回らないような印象でした。

 たとえば、留学していたオーストリアでは、たくさんのトルコ人やポーランド人労働者が朝早く起きて駅や街角を清掃し、昼間は肉体労働に勤しんでいたのを見ました。冬の夜半に雪が降れば彼らが一晩中雪かきをし、翌日にはオーストリア人たちが何食わぬ顔をして出勤していくのです。つまり、オーストリア人たちはやりたくないけれど、誰かがやってくれないと国の機能が止まってしまう、というような仕事を外国人労働者は担っていました。これは、その後暮らしたアメリカやイギリスでも同じ状況でした。

 国が発展すると労働力はますます必要になりますが、半面、個々の国民は生活に余裕が生まれ自分たちの時間を楽しみ始めるのは、どこの先進国でも同じです。そんななかで、少子化が進むことが先進国共通の悩みとなっており、G7メンバーでもある日本も少子化の一途をたどっています。現実的に考えて、外国人労働者を受け入れる必要性があるのだと思います。

 いくつかの報道では、「欧米では外国人労働者排斥の機運が高まっているが、日本は逆行している」という論調もありますが、僕が欧米で経験した範囲で考えると、もともと欧米では日本と比べられないくらい外国人労働者が多いので、これからの日本のケースと同じテーブルに上げて論じるような状況ではありません。

 欧米では、昔から移民は文化でもありました。ラテン系の国々や東ヨーロッパの人たちが、北ヨーロッパの豊かな国々に季節労働に訪れるのは、ずっと続いてきた習慣でもあります。収穫期のワイナリーなどは、季節労働者がいないと摘み切れなかったブドウの実が腐ってしまい、地面にたくさん落ちてしまうことになります。

 実は、これは音楽の世界でも同じなのです。欧米のオーケストラにたくさんの外国人奏者が在籍していることもそうですが、作曲家のなかにも外国人移民は大勢いるのです。『メサイア』で有名なドイツ人作曲家のヘンデルがイギリスで活躍したのを筆頭に、ベートーヴェンやブラームスもオーストリアに定住したドイツ人です。

 ピアノ好きなら知らない人はいないであろうショパンも、祖国ポーランドがロシアに蜂起した動乱の影響により国を捨てて逃げ、最後はフランスのパリに落ち着いた移民です。ショパンの父親はフランス人だったのでパリが身近だったかもしれませんが、ショパンは愛するポーランドに帰国することが叶わず、39歳の若さでパリで客死してしまうのです。しかし、そのおかげで『革命エチュード』をはじめとした、祖国ポーランドに対する望郷の念に溢れた情熱な作品は、今なお我々を楽しませてくれるのです。

 そんななかにあって、バレエ『春の祭典』のスキャンダルな初演で有名なロシアの作曲家・ストラヴィンスキーは特別です。ロシアを離れたのち、スイス、フランス、アメリカと次々と居住国を変え、最後は米・ニューヨークで亡くなるのですが、死してなお彼の転居癖は治らなかったのか、イタリアのヴェニスに埋葬されました。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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