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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

『君が代』、“国歌”は誤訳?特殊なメロディーの秘密

文=篠崎靖男/指揮者
『君が代』、“国歌”は誤訳?特殊なメロディーの秘密の画像1一般参賀の様子(「Wikipedia」より)

 先日、娘の中学校の入学式に出席したのですが、僕の学生時代と違うのは、『君が代』を斉唱することです。在校生と一緒に歌っている際、僕は少し音符を考えていることに気づきました。僕は音楽家なので、どうしても音符を思い浮かべてしまうのですが、つまりは考えずに歌えるくらいには、『君が代』を歌い込んでいないのです。そう思いながら周りを見渡してみると、歌っている親が少ない。それは、歌いたくないというよりも、我々は『君が代』を歌い慣れていない世代なのでしょう。

 それでも久々に歌いながら、『君が代』というのは世界でも独特な雰囲気を持った楽曲であるとも感じました。まるで和歌のように、短い言葉で多くのイマジネーションを膨らませる歌詞を伴った、日本ならではの楽曲です。

 ここまで僕は“国歌”という言葉を使っていませんが、別に政治的、思想的な意図はありません。堂々と“日本国国歌・君が代”と呼んでもいいのですが、誤訳というか、日本的翻訳があるため、あえて使わなかったのです。

 長い鎖国時代から開国したばかりの明治2年の日本。英国ヴィクトリア女王の次男・アルフレッド公が来日することになり、英国のロイヤル・ファミリーを歓迎するために、日本の“ナショナル・アンセム”を作曲することになりました。このナショナル・アンセムが“国歌”と訳されるのですが、その本来の意味合いは「国を賛美する曲」です。

 このような経緯で、急遽『君が代』が作曲されることになったのです。一方、歓迎式典で同じく演奏される英国国歌は、『神よ、女王を守り給え』です。「我等が高貴なる女王の永らえんことを」と歌い上げます。ちなみに、男性の国王が在任中は、題名も歌詞も“女王”でなく“国王”と変わります。

 つくられた時代背景から考えて、「君が代は千代に八千代に……」と歌われる「君」は天皇陛下を意味していると、僕は思います。開国したばかりの日本としては、ロイヤル・ファミリーもいる、しっかりとした国家なのだと海外にアピールする必要もありましたし、日本国歌の制作を進言し自ら曲をつけたのが、イギリス公使館の軍楽隊長であるジョン・ウィリアム・フェントンだったことからも、ますますその可能性は高いといえます。

 ちなみに、現在のヨーロッパでも、王室が存在する国々の国歌では、国王が歌詞の中に含まれていることが多くあります。前出の英国をはじめ、オランダ、ベルギーも国王関連の言葉が含まれています。変わったところでは、同じく王室が存在するスペインの国歌には、なんと歌詞がありません。そのため、「ラーラー」と歌うしかないのですが、曲名は『国王行進曲』という勇ましい名前がつけられています。つまり、これらの国々では、ロイヤル・ファミリーは誇るべき存在として、国の威信をアピールしているのです。

「君が代」の素晴らしさを再確認

『君が代』の歌詞は、世界の国歌のなかで一番古いといわれています。出典は、醍醐天皇の勅命により905年に奏上された『古今和歌集』の中の祝賀歌です。そこでは、「君」は天皇陛下を指すものではなく、「あなた」という程度の意味で、「あなたの長寿を祝います」という内容でしたが、その後、武家が台頭してくるのに伴い、天皇勅選の賀歌の中の「君」は天皇陛下を指すようになってきたようです。これは、京都の皇室や貴族が、武家社会への対抗として天皇を押し出していく必要が出てきたからではないかと考えられており、江戸中期には「君が代」の「君」は、すでに天皇陛下を指していたようです。

 そんななかで明治維新を迎えて、日本は天皇を中心とした国家づくりへと大転換したわけですから、『君が代』の「君」は天皇陛下をイメージしていたと考えるほうが自然です。

 そんな『君が代』について、僕は子供の頃から歌うたびに西洋のメロディーとは違った独特な雰囲気を感じていました。それは、構成する音を考えるとよくわかります。皆さんは小学校の頃に音楽の授業で習われたと思いますが、メロディーの基本は“ドレミファソラシ”という7つの音で音階がつくられます。ここに臨時記号によって、音に特殊な変化をつけるのが作曲家の腕の見せ所ですが、基本的には7つの音です。

 しかし、『君が代』は“ドレミソラ”の5つしかないのです。実際には、一度だけ“シ”の音が出てきますが、このたった一音が現れる場所だけが、例外的に「君が代」を西洋風にしているのです。実は、5音の音階は、古来の日本音楽のメロディーのつくり方です。フェントンが急いで作曲した「君が代」のメロディーが不評で作曲し直すにあたり、日本人作曲家の林廣守が雅楽の旋律を取り入れたからなのです。

 この5音音階は沖縄民謡でも聞くことができますが、東アジア、東南アジアでもよく使われています。そして、なぜか遠くスコットランドやアイルランドの民謡にも使われているのです。余談ですが、西洋音楽を日本に普及しようとしたアメリカ人音楽教育家、ルーサー・ホワイティング・メーソンがスコットランドやアイルランドの民謡を日本の子供たちに教えたのは、できるだけスムーズに、今まで西洋音楽を知らなかった日本人に伝えようとしたからです。年末の『NHK紅白歌合戦』の最後に歌う『蛍の光』も、メーソンによって伝えられたスコットランド民謡です。

 ところで、日本人によって作詞・作曲された『君が代』が、1903年にドイツで行われた「世界国歌コンクール」で1等を受賞していると聞かれたら、皆さん驚かれるのではないでしょうか。

 僕は海外で2度、『君が代』を指揮しました。海外で、相手国の方々全員に起立していただき日本の国歌を指揮するのは、日本人として誇りに思う特別な時間です。平安時代から続く日本の伝統芸術を結集し、世界で一番短い国歌でありますが、とても深い意味を持った日本らしい国歌です。

『君が代』の「君」が天皇陛下を連想させることに対して、複雑な思いを持つ方もたくさんいらっしゃることは理解していますが、天皇陛下も含めて、すべての日本人が“千代に八千代に”平和に過ごしていくために、努力を惜しまないための“ナショナル・アンセム”だと僕は思っています。

 今上天皇陛下が、退位なさるにあたり「平成が、戦争の無い時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています」とおっしゃられた意味を心に留め、「令和」になっても、その後も、我々日本人が“平和”を守っていかなくてはならないのだと、『君が代』は伝えているのです。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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