急激に経済発展する国々が、こぞってクラシック・オーケストラを設立する合理的理由
「篠崎さん、今の時代、欧米の一流オーケストラの日本ツアーは、アジアのほかの国々と連携しながらつくっていくんです」
これは、ある日本の大手音楽事務所のマネージャーに言われたことです。以前は、欧米のオーケストラの日本ツアーというのは、楽団は日本にやってきて東京、大阪、名古屋、札幌、福岡と日本の主要都市で演奏会を行ったのち、帰っていったものでした。しかし今では、日本だけではなく、その前後に韓国・ソウル、中国・北京、上海などで演奏をする行程が一般的になってきました。“日本ツアー”ではなく“アジアツアー”として、日本の音楽事務所はアジアのほかの国々の音楽事務所と連携してツアーをつくり上げる時代になりました。
アジアのオーケストラも、これまでは日本が先行しました。今でも、その規模と数を考えると、日本がアジアのオーケストラ界をリードしているといえますが、たとえば年間予算が20億円規模の香港フィルは、現在ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督を兼任するオランダ人指揮者、ファン・ズヴェーデン氏に率いられ、国際的にも評価が高いオーケストラです。
日本で一番予算規模が大きいのはNHK交響楽団で年間30億円ほどですが、日本の典型的な自主運営のオーケストラが10億円から15億円規模であることを考えると、かなり潤沢な資金力を持っていることがわかります。ちなみに、香港フィルのチケット収入は4億円しかありません。それ以外は、政府からの助成金11億円、スポンサー企業・個人寄付5億円で賄われ、香港の芸術に対する熱意がよく理解できます。僕も、一度指揮をしたことがあります。レベルもとても高いのですが、特筆すべき点は、団員構成がとても国際的なのです。特に管楽器は欧米の奏者で多数が占められています。
ほかにも、シンガポール交響楽団、マレーシア・フィルハーモニー管弦楽団も台頭目覚ましいオーケストラです。たとえば、シンガポール交響楽団の総収入は7億円規模ですが、同じく国と寄付によって成り立っています。ちなみに、同楽団に毎年3000万円以上寄付するメンバーが3つあるのですが、そのうちの2つが個人であることには驚かされます。
これらのオーケストラにも欧米の演奏家が多数在籍しており、指揮者、ソリストともに欧米から招聘することが多いのですが、そんななか、マレーシア・フィルのレジデントコンダクターとして、日本の古澤直久氏が活躍していることは嬉しい限りです。
僕も何度か指揮をしたベトナム国立交響楽団で、音楽監督を長年務めている指揮者の本名徹次氏などは、日本企業のベトナム進出という好機を見事に生かし、日本企業のバックアップも取り付け、ベトナム交響楽団を見事に発展させました。ベトナム国内でも高い評価と尊敬を受けているだけでなく、レベル向上にも力を発揮し、何度も日本公演を大成功させ、ベトナム交響楽団は日本でも知られるようになってきました。
ほかにも、中国、韓国、台湾と、国、市のバックアップを受けて運営しているオーケストラもあります。面白いのは、台湾の長栄交響楽団です。同楽団は、世界最大級の海運会社である長栄グループの創始者・張栄發氏が設立したのですが、人件費は長栄グループが負担し、そのほかの運営資金は楽団自体が稼ぐという形態になっています。オーケストラの支出の多くは人件費なので、ある意味、経営的には盤石となります。