年末ともなると、忘年会も真っ盛り。しかし、日本のオーケストラ楽員にとっては、12月は稼ぎ時で、忘年会どころでありません。都市部の多くのコンサートホールは、人が集まる繁華街にあるので、忘年会に向かうビジネスパーソンの方々の横を通りすぎて、楽員は仕事場に向かうわけです。
12月15日付本連載記事『ベートーヴェン「第九」に秘められた“危険な政治思想”』で、ベートーヴェンの『第九』について話しました。どうして12月の日本で、こんなに『第九』が盛んになったかというと、年中赤字で苦しんでいるオーケストラが、年末に、人気がある『第九』でお金を稼ごうという、なんとも大胆なアイデアから始まったのです。
財政的に豊かなオーケストラは、高額なお金を支払ってプロの合唱団に依頼する場合もありますが、大概はアマチュア・コーラスと共演します。前提として、日本のアマチュア・コーラスのレベルが世界的に見てとても高いことがありますが、これがオーケストラの財政的にも助かるのです。合唱団のメンバーは出演料をもらうのではなく、反対に参加費を支払い、数カ月のお稽古を経たのちに迎える本番では、ご家族やご友人までチケットを買って来てくださいます。一石二鳥どころか、三鳥にも四鳥にもなるのが、『第九』なのです。しかも、アマチュア・コーラスや、各団体がオーケストラを雇って『第九』を演奏するコンサートも盛んに行われているので、12月の『第九』は稼げる曲なのです。
理由はどうあれ、『第九』の音楽が素晴らしいのは間違いありません。プロ、アマの垣根を越えて、ホール全体が大感動に包まれ、僕もアマチュア合唱団の熱意に感動しながら、毎回指揮をしています。
さて、12月はしっかりと稼ぎ、正月の大騒ぎのなかでニューイヤーコンサートを行ったりするのですが、観客の皆様は12月、1月の大出費と疲れもあってか、2月はあまり派手なことを控え始めます。夏休みの8月と合わせた「二八(にっぱち)」は、クラシック業界のみならず、世の中の舞台芸術、娯楽産業、飲食業すべてが落ち込む“我慢の月”なのです。3月ともなると、オーケストラも一般企業と同じように年度末の決算締めをしなくてはなりません。基本的に、オーケストラは赤字になっても当然のような団体なので、毎年3月は真っ青という楽団も少なくはありません。
ヨーロッパでは『第九』より『こうもり』
音楽に話を戻すと、ヨーロッパのドイツ語圏では、年末に『第九』を演奏するオーケストラも多いのですが、オペラ劇場ではウィーンの作曲家、ヨハン・シュトラウス作曲の喜歌劇『こうもり』を演奏するのが習慣です。物語を話すと長くなるので割愛しますが、大みそかのバカ騒ぎの話です。
この『こうもり』の物語の場所だけでも紹介しておくと、モーツァルトの生まれ故郷であるザルツブルクの東に位置する、オーストリア・アルプスにある避暑地、バート・イシュルという町です。僕も、てっきり首都・ウィーンの話だと思っていましたが、実はこの古くからの高級温泉保養地が舞台となっています。ちなみに、「バート」とは温泉という意味です。ドイツ語圏で、地名に「バート」「バーデン」といった言葉が付いている地域は温泉地です。意外と、ヨーロッパにも温泉が多数あるのです。