ジャズピアニストの山下洋輔さんと共演していると、彼のスイングのリズム感や、高い音にクライマックスを持っていく通常の音楽のやり方とは真逆で、ピアノの最低音あたりに拳骨を持っていき、鍵盤を叩きつけてクライマックスをつくり出すことに、とても新鮮さを感じます。そして、僕はクラシック音楽だけを続けてきた指揮者なのですが、まったく違和感なくジャズ奏者の彼と音楽を楽しんでいることに気付きます。
ほかのジャンルの音楽では、こうはいきません。もちろん、ロックやフォークのミュージシャンと共演するのは、とてもエキサイティングで、それはそれで嫌いではないのですが、やはり「僕は“よそ者”だなあ」と、心のどこかで感じてしまうのかもしれません。しかし、ジャズの場合はそれを感じないのが自分でも不思議ですし、オーケストラのメンバーも同様に心から楽しんでいるようです。
オーケストラが演奏する一番有名なアメリカの曲は、ガーシュウィンの『ラプソディ・イン・ブルー』ではないでしょうか。名前をご存じでなくても、必ずどこかで聴いたピアノソロとオーケストラのジャズ音楽です。これこそまさしく、僕が何度も山下洋輔さんと共演した曲で、1924年の作品。ちょうど、ルイ・アームストロングがニューヨークに移り住み、ヘンダーソン楽団に入団した年です。1920年代は、まだヨーロッパ系白人ジャズバンドと、アフリカ系黒人ジャズバンドに分かれていたころで、ユダヤ系の白人であるガーシュウィンは、白人バンドのために作曲しました。黒人のアームストロングの魂を振り絞ったような音楽ではなく、今でいうとチック・コリアのような、知的で端正なスタイルではありますが、最初から最後まで“スイング・ジャズ”で貫かれています。
さて、『ラプソディ・イン・ブルー』を演奏すると、オーケストラも一緒になって毎回大盛り上がりに終わるのですが、どうしてクラシック・オーケストラがジャズも見事に演奏できるのでしょうか。
ジャズは、黒人社会で産声を上げました。そしてそこに、クラシック音楽の理論を組み合わせて、つくり上げられたのです。ジャズ奏者が、クラシック音楽の大家、バッハの音楽をジャズに仕立て上げることがよくありますが、そこには共通の価値観があるからにほかなりません。つまり、クラシック音楽とジャズ音楽は、親戚関係といってもいいのです。実際に、オーケストラのトランペット、トロンボーン、コントラバス奏者などをはじめ、少なくない楽員が、まじめな顔をしてベートーヴェンやブラームスの曲を演奏した後、いそいそとジャズクラブに出かけて行って、セッションに加わることも多いです。これは、世界のどこに行っても同じ光景です。