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韓国映画『パラサイト』アカデミー賞受賞は、安倍政権のクールジャパン政策の敗北だ

文=有森隆/ジャーナリスト
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第92回アカデミー賞(写真:ロイター/アフロ)

「変わるハリウッド。来たるアジア映画」。誰かが叫んでいた。

 第92回米アカデミー賞で韓国映画『パラサイト 半地下の家族』が作品賞など4部門を受賞した。ネットフリックス旋風は起きなかった、と総括するよりも、同賞が映し出す現在を論じるべきだ。

 韓国は国として映画や映画人を育成してきた。撮影手法や機材も最新のものを揃え、ハリウッド化が進んでいる。韓国は国内市場が小さいため、必然的に外に向かわざるを得ない。Kポップがそれで成功した実例だ。そして映画が後を追う。クールジャパンの掛け声倒れの安倍政権の文化政策が、『パラサイト』にノックアウトされた。

 ハリウッドで働く組合員の賞だったアカデミー賞は、大きく変質している。米映画芸術科学アカデミー会員は6000人台から8000人台に増え、白人偏重が是正された。会員が世界各地に散らばり、女性会員の比率が30%にアップ、マイノリティが15%に達した。これが『パラサイト』に追い風になったことは間違いない。

 はっきり言えることは、『パラサイト』のポン・ジュノ監督がいみじくも語ったように、この映画は字幕という言語の壁を乗り越えた。面白ければ英語でなくても、世界マーケットで商売になることを『パラサイト』は実証した。外国語映画賞が国際長編映画賞と名称が変わったのは大きな流れの一環だ。

松たか子は添え物、ブラッド・ピットの受賞スピーチ

 2月10日(日本時間)に行われた第92回アカデミー賞の授賞式。松たか子など9人のエルサが登場したが、各国のエルサは添え物。松たか子はWOWOWの現地インタビューで「他のエルサと会えてうれしい」と着物姿で語っていたが、エルサの日本代表というのは『アナと雪の女王2』の宣伝材料以外の何者でもない。

 ネットフリックスの作品が8作品24ノミネートされ、ウォルトディズニー、ソニー・ピクチャーズを上回ったが、受賞したのは長編ドキュメンタリーなど2部門にとどまり、前回に比べて半減した。「映画館で上映されない映画は映画ではない」との論議を巻き起こしているが、ハリウッドがお金を出さない作品が陽の目を見ることは、決して悪いことではない。

 とはいっても、巨額の製作費をかけた『アイリッシュマン』(マーティン・スコセッシ監督)が受賞しなかったのはショックだったろう。3時間29分に及ぶ大作で、ロバート・デ・ニーロやアル・パチーノが出演した。この作品に1億5900万ドル(約175億円)を投じるメジャーな映画会社が存在しないのは、今のハリウッドの冷厳たる事実である。ネットフリックスだからできた芸当である。

『アイリッシュマン』はつくられるべくしてつくられた映画だ。オスカーを手にできなかったのは、スコセッシ監督がマーベル・スタジオのヒーロー映画を公然と批判したことで、アカデミー会員の反感を買った、との指摘がある。無冠でいいではないか。『アイリッシュマン』はトランプ大統領が専横を極める米国の現在を、きちんと映し出しているのだから。

 WOWOWの同時通訳はなくてもいいのではないかと思う場面が多々あった。筆者の英語を聞き取る能力はかなり落ちているが、同時通訳の拙い日本語訳が「邪魔」と感じた。

映画の持つ時代性が生かされたアカデミー賞授賞式

 助演男優賞のブラッド・ピット(『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』)の受賞スピーチが良かった。プロデューサーとしてオスカーを獲得したことはあるが、アクターとしては初の受賞である。米上院で共和党がボルトン氏を証人として呼ばなかったことをスピーチで皮肉ってみせた。安倍晋三首相とメシを食べて嬉々としている日本の俳優と比べて、立ち位置がはっきりしている。「まともな俳優です」と名乗るのなら、政権(権力者)との距離を、しっかりと意識してもらいたい。

 ローラ・ダーンが助演女優賞を受賞した『マリッジ・ストーリー』は離婚をコメディーにした作品。ローラ・ダーンは名優の娘で、2月10日が誕生日。素晴らしいバースデー・プレゼントになった。長編ドキュメンタリー賞『アメリカンファクトリー』はネットフリックスの作品。受賞者はスピーチで「人によって真実が違うのはおかしい。(中略)労働者がどんどん苦しくなっている」と述べた。「人によって真実が違うのはおかしい」のである。桜を見る会から派生するさまざまな疑惑で、「人によって真実が違うのはおかしい」ということを、全国紙はきちんとファクト(真実)で示すべきである。

 オハイオのゼネラルモーターズ(GM)の自動車工場が中国資本に買収され、朝礼など中国式の経営を押しつける。工場は再生するが、労働者がロボットになっていく姿が描かれる。工場の労働者と中国人がわかり合う場面も挿入されているが、中国資本が米国で働く多様な労働者を“弾圧”するという内容だ。オバマ前大統領夫妻が製作に関係したという裏話があるようだが、筆者は確認していない。

 主演女優賞のレネー・ゼルウィガー(『ジュディ 虹の彼方に』)はスピーチで「なんでもできると信じられるようになった」と語っていたが印象に残った。彼女が歌うシーンは圧巻である。主演男優賞、ホアキン・フェニックス(『ジョーカー』)は4回目のノミネートで初めてオスカーを手にした。スピーチにインパクトがあった。「声なき声が声を挙げる機会が映画なのだ」「人権、先住民の人権、ジェンダー、搾取は許されない」「エゴを中心とした人生観を排し、自然界から学べ」。明らかにトランプ大統領を意識している。日本の俳優は、こんな、ごく真っ当なことが言えるか。言い切る勇気があるのか。

 作曲賞は『ジョーカー』だったが、この映画は曲に沿ってつくられたのだから、作曲賞は『ジョーカー』以外にあり得なかった。『ジョーカー』という映画は作曲が先行した実に珍しい作品なのである。受賞した作曲家は「発言してください。皆さんの声を聴く必要があります」とテレビの向こう側の聴衆に語りかけていた。受賞者のスピーチの中には、トランプ専横に対する苛立ちがある、と筆者は生中継を見ながら感得した。歌曲賞を受賞したエルトン・ジョンはヤマハの赤い、ド派手なピアノを奏で、自ら『ロケットマン』を唄った。

『パラサイト』は格差社会を描いた悲喜劇だが、世界規模で分断が進み、中間層が貧困の半地下に落ちている。現在進行形で急激に進むこうした人々の姿を映画が映し出している。映画の持つ時代性、記録者としての側面、機能が生かされたアカデミー賞授賞式だったと思う。

 数字が高いほど所得格差を示す「ジニ係数」は米国が最も高く、上位1%の富裕層が、米国全体の資産の30%超を一人占めしている。中間層の貧困化が進む米国の大統領選。民主党の急進的な政策を掲げる候補者が、30代を含む若者に熱烈に支持されるのは、切実な理由があるのだ。

 日本アカデミー賞の授賞式が3月にある。毎日映画賞では『新聞記者』が主演女優賞などをかっさらっているが、『新聞記者』が『パラサイト』現象を起こすのだろうか。

(文=有森隆/ジャーナリスト)

有森隆/ジャーナリスト

有森隆/ジャーナリスト

早稲田大学文学部卒。30年間全国紙で経済記者を務めた。経済・産業界での豊富な人脈を生かし、経済事件などをテーマに精力的な取材・執筆活動を続けている。著書は「企業舎弟闇の抗争」(講談社+α文庫)、「ネットバブル」「日本企業モラルハザード史」(以上、文春新書)、「住友銀行暗黒史」「日産独裁経営と権力抗争の末路」(以上、さくら舎)、「プロ経営者の時代」(千倉書房)など多数。

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