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要介護度5でも旅行に行ける…トラベルヘルパー「あ・える倶楽部」が驚異のリピート率

文=林美保子/フリーライター
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「あ・える倶楽部 HP」より

 18歳のとき、終戦によって樺太(ロシア名・サハリン)からの引き揚げを余儀なくされた私の母は、思い出したように「死ぬ前に樺太に行ってみたい」と言っていた。しかし、車椅子で体が弱い母を現地まで連れて行くのは現実的ではないと思った。おそらく母も無理だとわかっていながら、なんとなく言っていたのだろう。

 それでも、少し調べてみたことはある。今は東京から2時間半のフライトで行けるようになっているようだが、当時調べた限りでは北海道・稚内からのフライトだった。それでは、稚内に行くまでも大変だし、母のように里帰りが目的の日本人くらいしか行かないような地では、車椅子の観光客への対応が整っているとは思えなかった。

要介護者を旅に連れていくには課題が満載

 母は変形性膝関節症が重度化して、70歳を過ぎた頃から車椅子が必要になった。車椅子の母を旅行に連れて行くのは結構疲れる。車椅子を押すという作業に加え、さまざまな状況に対応しなければならないからだ。

 自宅近くの平坦な道でさえも、タイル舗装やレンガ舗装の目地部分の凸凹から生じる振動が、車椅子に乗っている母の体に響く。振動がひどい歩道では、「頭にまでガンガン響く」と言うので、歩く場所も選ばなければならない。ほんの数センチの段差でも見過ごすと、車椅子が突っかかって、その反動で母の体が前に投げ出されそうにもなる。

 これが観光地となると、住宅地ではないので石畳の道もあるし、舗装されていない道もあるし、坂道もある。頻尿のため、頻繁にトイレに行きたがる。宿は車椅子の年寄りがいることを事前に伝えてベッドにしてもらうのだが、それでも古いホテルだと部屋の入口が狭くて、車椅子で入るにも四苦八苦することもある。

 素人の介助者が連れ回すのは、母本人も疲れるようだ。介護度が上がり、体力が弱まると、「もうしんどいから、宿泊はしない」と言い出した。

 母が施設に入所した後、テレビでトラベルヘルパーの存在を知った。トラベルヘルパーとは、介護技術と旅の業務知識を備えた「外出支援」の専門家のことである。なんと、要介護度4や要介護度5のような重度の人でも旅行に行くことができて、プロの手によって温泉に入ったり、海水浴さえもできるのだという。介助の大変さが身に染みていた私は、「そんなサービスがあるのか」と、目からウロコが落ちたような思いになった。

 しかし、トラベルヘルパーによる旅行を考え始めてまもなく、母の肺がんが悪化したために利用する機会を失してしまった。

旅行という目標で、気持ちも前向きになる

「ひと昔前は、体の不自由な人は豪華客船には乗せてもらえませんでした。『飛行機にそんな人が来たら迷惑だ』と、航空会社の役員から直接言われたこともあります」と語るのは、介護旅行のパイオニア「あ・える倶楽部」を展開する株式会社エス・ピー・アイの篠塚恭一社長だ。

 篠塚社長の尽力や、世の中にバリアフリーの概念が浸透したことなどにより、いまでは体が不自由な人でも、かなり旅行を楽しめるようになってきた。介護旅行の場合、トラベルヘルパーの旅費に加え、利用料1日2~3万円なども追加されるため、費用はそれなりにかかる。それでも、リピート率が70%と驚異的に高いのは、旅における介助のプロが同行することによって、あきらめていたことができる喜びが何にも代えがたいからだろう。

「一度でいいから、故郷の墓参りがしたい」

「孫の結婚式に出たい」

 そんな気持ちがあっても、体が不自由になると自信を失い、あきらめてしまう。ところが、思い切って旅に出たことがきっかけで、介護度が下がる人もいるそうだ。「私たちは医療の素人ですから、あまり大袈裟なことは言えませんが、旅行に行くという目標ができると生活態度が変わるのです」と、篠塚社長は語る。

 人生最後の墓参りのつもりだったのが、旅行に行けたことで自信がつく。「今度は、孫を連れて桜を見に行こう」などという計画を立てると、そこからスイッチが入るのだという。

「旅行に備えて、行きたがらなかったデイサービスに行くようになったり、やりたがらなかったリハビリにも積極的に取り組むようになったりします」(篠塚氏)

 はりあいが生まれることで、気持ちが前向きになるのだ。1泊旅行はもちろん、海外旅行を依頼するお客も少なくない。たとえば、「飛鳥Ⅱ南極・南米ワールドクルーズ」に参加した高齢者夫婦、ケニアに旅した最高齢88歳の女性、ビーチ用車椅子でハワイの海を楽しんだ常連客もいたりするそうだ。同社がスケジュールを組む個人旅行もあれば、ツアーにトラベルヘルパーが随行することもある。

 常連客が亡くなったとき、篠塚社長は遺族から言われた。

「次は自分たちが利用する番になるから、そのときにはまた、よろしく」

散歩やお出かけといった、ちょっとした外出にも

あ・える倶楽部」では、介護旅行だけではなく、時間単位の外出支援サービスも行っている。介護保険は日常生活上のサービスに限定されているため、それ以外の“楽しみ”の部分を支援している。たとえばコンサートや美術館巡り、街歩きなど。外出は家族ぐるみもあれば、本人だけを連れていくときもある。体は不自由でも比較的元気な高齢男性には居酒屋やキャバクラ、ショーパブ、メイドカフェに連れて行くこともあるそうだ。

 こうして、うまくトラベルヘルパーを利用すれば、本人にとっても家族にとっても、いい息抜きになるのではないだろうか。愛情と責任感で追いつめられていくような介護からの解決策の一つとして、提案したい。

(文=林美保子/フリーライター)

林美保子/ノンフィクションライター

林美保子/ノンフィクションライター

1955年北海道出身、青山学院大学法学部卒。会社員、編集プロダクション勤務等を経て、執筆活動を開始。主に高齢者・貧困・DVなど社会問題をテーマに取り組む。著書に『ルポ 難民化する老人たち』(イースト・プレス)、『ルポ 不機嫌な老人たち』(同)、『DV後遺症に苦しむ母と子どもたち』(さくら舎)。

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