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藤和彦「日本と世界の先を読む」

中国とインド、58年ぶりの大規模軍事紛争の兆候…中国、コロナ禍のインドを挑発

文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員
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「Getty Images」より

 インドの新型コロナウイルス感染者の拡大がとまらない。5月中旬に中国の感染者数を上回り、アジア最多となった(5月23日時点のインドの感染者数は12万5149人)。国内で最も感染者数が多いのはムンバイであり、全体の20%を占めている。人口13.5億人を擁するインドのモディ首相は3月24日、インド全土を都市封鎖(ロック・ダウン)すると宣言、その期限は複数回延長されている。しかし、これにより都会で仕事を失った出稼ぎ労働者達の移動で、新型コロナウイルスの感染が地方に拡大するマイナスの結果を招いてしまった。封鎖が長引くなか、インド政府は5月中旬に約28兆円規模の大型経済対策を発表したが、低迷する経済の下支えにどれだけ効果があるか不透明な情勢である。

 2014年5月の就任以来、最大の苦境に追い込まれているモディ首相にとって「泣き面に蜂」だったのは、インド東部に20日夜、観測史上2回目のスーパーサイクロンが上陸したことである。インドと隣国バングラデシュでは住民数百万人が避難したものの、広範囲に被害が出るのは確実である。被害の全容は現時点で明らかになっていないが、大勢の住民が避難所に集まることで、新型コロナウイルスの感染がさらに拡大する恐れが強まっている。

 筆者が最も懸念しているのは、スーパーサイクロンが上陸したインド東部は、長年中国と対立している国境紛争地域だったことである。紛争地域はインド北東部の州のひとつであるシッキム州である。ヒマラヤ山脈の南麓のネパールとブータンの間に位置するが、直近の5月9日にもパトロール中のインド軍と中国軍との間で小規模な衝突が発生している(インド兵4人と中国兵7人が負傷)。米国はこの事案について20日、「現状変更に向けて利用している」として中国を非難するとともに、インドに対しては抵抗を促した。

インド国内で高まる中国への反発

 インドと中国間の確執は、1962年10月から11月にかけての中印国境紛争にさかのぼる。この紛争で惨敗を喫したインド軍は、「打倒中国」のために核兵器開発に踏み切ったとされている。その後もインド軍と中国軍の間で偶発的な小競り合いが生じていたが、2017年以降、中国軍の攻勢が再び目立ち始めている。

 中国はインドとの歴史的なつながりが深いネパールにも接近している。首都カトマンズと中国チベット自治区を結ぶ鉄道計画を進めているネパール政府は5月18日、インドとの領有権問題の火種となっている地域を領土に含む新しい地図の発表を決定したが、インド側は「中国の関与がある」として猛反発している。

 中国インド北東部を狙う理由について、「中国が進める『一帯一路』の一環として、ベンガル湾に到達するルートを確保したい」とする思惑があるとインド側は見ている。インドはさらにベンガル湾に流れるブラマプトラ川(中国名はヤルンツァンポ川)にも神経を尖らせている。中国チベット自治区を水源とするブラマプトラ川は、インドやバングラデシュの住民1億人以上に水を供給しているが、15年頃から中国が上流でダムを建設し、「水を抜き取っている」疑念が生じているからである。「21世紀は貴重な水の取り合いで戦争が起きる」との警告が20世紀末から出ているが、ブラマプトラ川は潜在的な紛争地域のひとつなのである。

 インドも中国側が猛反発するアクションを取り始めている。経済への悪影響が深刻化するなかで、モディ首相に近い法律家集団は4月中旬、中国当局のコロナウイルス感染拡大の責任を追及する訴えを国連人権理事会に提出した(5月13日付JBpress)。インド政府は今のところ静観の構えだが、インド国内で中国への反発が急速に高まっていることの証左であることは間違いない。

米国と中国の対立も影響

 現在、米国政府が中心となって、国際保健規則(WHO加盟国のルール)第6条第1項及び第2項(加盟国はウイルス感染症発生の情報をすぐ開示してWHOに報告し、それを各国が共有しなければならない)を根拠に、中国に対して数十兆ドル規模の損害賠償をさせようとする動きが活発化しているが、インド政府がこの動きに同調するのは時間の問題かもしれない。もしそうなれば、中国がインドに対して腹を立て、懲罰行動に出る可能性があるのではないだろうか。1979年のベトナムへの軍事侵攻の再現である。

 新型コロナウイルスにより米海軍が活動を縮小せざるを得ない隙を突くかのように、中国は南シナ海の実効支配の既成事実を図るなど「火事場泥棒」的な動きを強めており、「新型コロナウイルスとスーパーサイクロンのダメージでインド軍は弱体化している」と判断して、兵員を投入すれば、1962年以来の大規模紛争になってしまうかもしれない。

 人口で世界第1位、アジアでの経済規模第1位の中国と、人口で世界第2位、アジアでの経済規模第3位のインド。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が4月27日に明らかにした報告によれば、昨年の軍事費世界第2位は中国(2610億ドル)、第3位はインド(711億ドル)である。

 日本では台湾や香港、朝鮮半島などへの関心が高いが、中印間の大規模な軍事紛争の勃発のリスクについても警戒が必要ではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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