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片田珠美「精神科女医のたわごと」

米国、中国との国交断絶を示唆…「ウイルスの兵器利用」の可能性に世界各国が気づいた

文=片田珠美/精神科医
米国、中国との国交断絶を示唆…「ウイルスの兵器利用」の可能性に世界各国が気づいたの画像1
民主党との協議打ち切り トランプ大統領が会見(写真:AP/アフロ)

 トランプ米大統領は5月14日、新型コロナウイルスをめぐる中国の対応に「非常に失望した」と述べ、「中国は(新型コロナの流行を)なすがままに任せるべきではなかった」と言明した。さらに、中国との断交の可能性も示唆した。

 背景には、新型コロナウイルスの感染者も死者も世界最多となり、経済や雇用に暗い影を落としているアメリカの現状があるのだろう。今年大統領選を控えている身としては、自身の政策のあやまちを認めれば国民の怒りの矛先が自分に向けられるかもしれず、そういう事態を避けるためにも、その矛先が中国に向くようにする必要があるのかもしれない。

 また、最初に感染が確認された中国湖北省武漢市にある中国科学院武漢ウイルス研究所が感染源であることを示す「相当な量の証拠がある」と発言したポンペオ米国務長官に対して、中国が官製メディアを動員し、ウイルスの発生源について「嘘を捏造した」と批判したうえ、「人類共通の敵」「邪悪な政治屋」「冷血」などと非難していることも影響しているのかもしれない。

 中国としては、国際的な対中包囲網が形成され、損害賠償を請求されてはたまらないので、それを警戒して、異例の強い表現で反発したのだろう。アメリカのトランプ政権も中国の習近平政権も、自己正当化に終始しており、それが責任転嫁と結びついているように見える。

自己正当化と嘘は紙一重

 このような自己正当化の傾向は、あやまちを認めない政治家にしばしば認められる。自己正当化に終始する政治家を見ると、嘘をついているようにしか見えないことも少なくない。

 だが、嘘と自己正当化は違う。嘘は、自分で事実とは違うと知りながら他人に信じてもらおうとする話だが、自己正当化は、私は悪くないと自分自身に言い聞かせるための話だ。他人への嘘の場合は、難を逃れるために嘘をついているのを本人が自覚している。だが、自己正当化の場合は、自分に嘘をついているのに、その自覚がない。そのため、「自己正当化は明らかな嘘よりも強力で危険」なのである(『なぜあの人はあやまちを認めないのか 』)。

 もちろん、「他人を欺くための意識的な嘘」と「自分自身を欺くための無意識の自己正当化」の間には「じつに興味深い曖昧な領域」(同書)が存在し、明確な線引きは難しい。いずれの場合も、ときには過去の記憶がおぼろげになり、事実もゆがめられる。その結果、すべて責任転嫁して、自身の罪を軽くしようとしているように見えることもある。

 今回の新型コロナウイルスをめぐる米中のそれぞれの主張についても、どこまでが自己正当化で、どこからが嘘なのか、微妙である。ただ、両国がいずれも自己正当化と責任転嫁をせずにはいられない状況にあることだけはたしかなようだ。

ウイルスや細菌を兵器として利用する可能性

 新型コロナウイルスの発生源が研究所なのか、それともコウモリなのか。また、トランプ大統領が主張しているように「中国はそれ(感染拡大)を阻止すべきだったし、できたはず」なのに、あえてしなかったのか、それともどうしても阻止できなかったのか。これらの点について議論するつもりはない。第一、そのために必要なデータを私は持ち合わせていない。

 ただ、たとえ今回の新型コロナウイルスの感染拡大が偶然だったとしても、その破壊力を目の当たりにし、これを兵器として利用しようと考える政治家が現れても不思議ではないだろう。

 同様のことは過去にもあった。ヨーロッパ人がアメリカ大陸の先住民を征服できたのは、軍事力が優れていたからだけではない。天然痘や麻疹(ハシカ)などの感染症を新大陸に持ち込んだことが大きい。

 たとえば、現在のメキシコのあたりにあったアステカ帝国をスペインが征服できたのは、1人の奴隷がもたらした天然痘の大流行のおかげである。この流行によってアステカ帝国の人口のほぼ半分が死亡した。2000万人ほどだった人口は、天然痘の大流行によって、約100年で160万人にまで激減した。結局、コロンブスのアメリカ大陸発見以降、200年も経たないうちに先住民の人口は95%も減少したのだ(『銃・病原菌・鉄―1万3000年にわたる人類史の謎(上)』)。

 これは、アメリカ大陸の先住民が、ヨーロッパ人たちに出会うまで、ユーラシア大陸の病原菌にさらされたことがなく、免疫を持っていなかったからだ。つまり、「ヨーロッパ人が、家畜との長い親交から免疫を持つようになった病原菌を、とんでもない贈り物として、進出地域の先住民に渡した」からこそ征服できたのである(同書)。

 これは偶然だったが、その絶大な効果に驚いたヨーロッパ人は、その後病気を意図的に利用した。たとえば、「18世紀のカナダでは、イギリスやフランスが先住民を効率的に殲滅(せんめつ)する方法として、ハシカ患者の衣服を買い集めて彼らに配った記録が残されている」(『感染症の世界史』)。

 今後同様のことが起こる可能性は否定できない。新たな感染症が猛威を振るうのは、免疫を持っていない人が多いからだということを、新型コロナウイルスの感染拡大はわれわれに見せつけた。だから、「ある感染症に対して免疫を持つ人が多い国は、そうではない国に対して優位に立てる」と考えて、ウイルスや細菌を兵器として利用しようとするのは、自然な流れかもしれない。そうなれば、ワクチンの開発が国家戦略上も非常に重要な意味を持つのではないだろうか。

(文=片田珠美/精神科医)

参考文献

石弘之『感染症の世界史』角川ソフィア文庫 2018年

ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄―1万3000年にわたる人類史の謎(上)』倉骨彰訳、草思社文庫2012年

エリオット・アロンソン & キャロル・タヴリス『なぜあの人はあやまちを認めないのか 』戸根由紀恵訳、河出書房新社 2009年

片田珠美/精神科医

片田珠美/精神科医

広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。京都大学非常勤講師(2003年度~2016年度)。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析学的視点から分析。

Twitter:@tamamineko

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