今、日本の酪農生産は3重苦に追い込まれ、生産者は日々苦悩し続けている。
三重苦のひとつ目は、新型コロナウイルス感染拡大による需要の急減である。インバウンド需要の消滅や外食産業向けの需要の減少などがあるが、最も打撃が大きいのは、長期の学校閉鎖による学校給食中止で牛乳需要が減少している点である。学校給食向け牛乳は牛乳生産量の9.9%におよび、年間35万1000キロリットルの需要を占めている。
それらの需要が消滅することは、酪農生産者にとっては所得の減少につながるだけでなく、乳牛の飼養にも大きな負担がかかることになる。乳牛は毎日搾乳を続けないと乳房炎になり、場合によっては廃牛にもなる。需要先の消滅した牛乳は、出荷できなければ、牧場で廃棄処分になる。経営規模の大きい酪農家ほどその打撃は大きい。
本来、牛乳向けの原乳がその需要先を失った場合は、その原乳をバターやチーズ、粉乳向けの加工原料に仕向ける。北海道では酪農生産が基本、加工原料乳向け生産であるので、規模の大きい加工原料乳工場が数多くあり、その工場で需給調整はつく。しかし、北海道以外の都府県では、小規模な加工原料乳工場が点在している状況で、とても35万1000キロリットルもの牛乳向け原乳の処理が安定的にできる状況ではない。それでも、工場は短期的に無理して受け入れ、酪農家の苦境に配慮しているが、工場の原乳保管能力と処理能力を超える事態となっており、これが長期間続けばいずれ破綻を招きかねない。
メガ輸入自由化
3重苦の2つ目は、メガ輸入自由化による乳製品輸入や牛肉の輸入増加である。日EU経済連携協定によるEUからのチーズの輸入急増は、原料となる加工原料乳生産とバッティングする。さらに日米貿易協定に基づく米国産牛肉の輸入急増は、4月には前年同月比21%増の3万2521トンにもおよんでいる。
4月の牛肉小売価格(東京)ベースでは、国産牛が100g当たり890円に対して、輸入牛は278円と圧倒的な差があり、国産牛は輸入牛に駆逐されてしまう。その結果、国産牛の交雑種相場は前年比2割安の状況で推移している。
これは酪農生産に大きな影響を与える。酪農生産に伴って生じる子牛(乳雄子牛)の価格低迷を招くからである。酪農家にとっては、原乳の販売に伴う収入だけでは生計を維持するのは大変で、子牛販売による収入は極めて重要な収入なのである。その子牛販売価格は、国産牛の販売価格に左右される。国産牛価格が低下すれば子牛価格も低下し、酪農経営を直撃するのである。
地球温暖化
3つ目は地球温暖化問題である。昨年夏に発表されたIPCC報告書は、地球温暖化と畜産業との関係について指摘している。報告書によれば1961年以来、肉の一人当たりの供給量は2倍以上に増加している。一方、地球温暖化物質であるメタンの大気中の濃度は増加しており、牛などの反芻動物の頭数拡大はメタン濃度の増大に大きく寄与しているとしている。反芻動物はゆっくりと消化するので、胃腸で発酵が行われ、口などからメタンを放出する。メタンは温暖化物質の二酸化炭素の25倍の温暖化効果を持っている。肉の消費が増え家畜の頭数が増えれば、メタンの排出量も増える。
さらにメタンだけではない。報告書は「2014年の農業由来の人為起源の亜酸化窒素(N2O)排出量の半分以上は、管理された牧草地及び放牧地における家畜に由来した」としている。N2Oは二酸化炭素の300倍の温室効果がある温室効果ガスとされている。IPCCは、牧草地や放牧地での家畜の糞尿堆積増加によってN2Oが増えたと指摘している。
IPCCはこのような実態を踏まえ、畜産業の温室効果ガス低減の取り組みを次のように提言した。
「畜産については、放牧地管理の改善、堆肥の管理の改善、飼料の高品質化、及び異なる品種の利用や遺伝子の改良などの選択肢が含まれる。異なる農業及び牧畜システムによって、畜産製品の排出源単位の低減を達成しうる」
日本ではどうなのか。06年度のデータだが、日本の畜産経営から排出される温室効果ガスは、家畜の消化管内発酵と家畜排泄物管理を合わせて二酸化炭素で1435.6万トンと、農業区分からの排出の約半分を占め、日本の温室効果ガス総排出量13億5700万トンの約1%を占めているとされている。日本では、農業は主要産業ではなく、その日本における比率は小さいといえるが、温室効果が強いメタン総排出量の39.5%、亜酸化窒素総排出量の18.2%が畜産業を起源としているとされており、軽視できない(農業・食品産業技術総合研究機構「畜産からの温室効果ガスの排出抑制技術」より)。
規模拡大一辺倒の見直し
日本では、家畜排泄物から出る温室効果ガスへの対策は、メタンを熱源や発電に利用するバイオマス発電が81施設も設置されるなど進んできているが、牛のゲップ対策はいまだ研究段階で実用化されていない。
日本ではコスト削減を目的に酪農・畜産の規模拡大政策が取られ、1000頭以上の乳牛や豚を飼育する大規模酪農、畜産が推奨されている。それによって大量の家畜排泄物の発生やメタンの大量発生に結びつく。現在、環境に配慮した放牧を主体とした酪農が注目され、北海道では放牧主体の30頭前後の経営規模のマイペース酪農が広がってきている。
環境を第一に、規模拡大一辺倒の酪農畜産政策の見直しが急務といえる。また、「北海道は加工原料乳生産」「都府県は飲用乳生産」といった極端な区分はやめ、都府県でも加工原料乳生産も受け入れられるような適切な加工原料乳生産工場の配置も行うべきである。そして何よりも、酪農家が安心して生産規模の適切な調整ができるように、生産量に依存しない環境配慮型の所得保障政策を至急検討すべきである。また、日本の酪農畜産が安定的に生産できるような輸入規制を含む食料安全保障を確立しなければならない。
(文=小倉正行/フリーライター)