白石麻衣、渡辺麻友“ノースキャンダル”称揚と古川未鈴“結婚”祝福の間にある溝を越えて
【前編】「秋元康の“嘘”、祝福される古川未鈴の結婚…アイドル「恋愛禁止」ルールはなぜ生まれたか」では、アイドルの歴史、現在のアイドルシーンの実態、そして法的観点などから、「恋愛禁止」ルールのありようを考察してきた。それが古臭い規範であり、法的にも問題があり、その上でアイドル自身がそうしたルールを乗り越えようとし、ファンの側もそれを受容しようとしていることがわかった。しかしながら、なおも女性アイドルカルチャー全般が、その呪縛から逃れられていないのはなぜなのだろうか。
乃木坂46からの卒業を発表した白石麻衣や、芸能界引退を表明した元AKB48の渡辺麻友らがその功績を「ノースキャンダル」と括られ称賛される状況と、アイドルグループとしての活動を続けながら結婚を表明したNegiccoのメンバー2名やでんぱ組.incの古川未鈴が祝福される状況とが併存するというこの状態は、どう説明がされるのだろうか。この両者の間にある大きな溝は、なんなのか。
それはひとえに、ポスト「恋愛禁止」の新たな価値観が活かされるような、新たなビジネスモデルがいまだ確立されていないからだろう。長年、ビジネスとしてのアイドルを力強く駆動させてきたのは、まぎれもなく、「疑似恋愛」をベースにしたアイドル消費の強固な構造だ。
興行やメディア出演の収入だけで活動を継続させていけるアイドルなど、ごくわずかである。ゆえに、握手券などによるメンバーとの直接交流を“特典”として、CDその他の商品を購入させることが、アイドルビジネスにとっては非常に重要であり続けている。同一商品を大量購入するような中毒的な消費にファンを向かわせる欲望装置のコアにあるのは、疑似恋愛の対象としてのアイドルである。
「疑似恋愛」を徹底的に利用してきた“握手会商法”
【前編】でも紹介した、深井剛志・姫乃たま・西島大介著『地下アイドルの法律相談』(2020年7月、日本加除出版株式会社)において、過去に地下アイドルとしての経験も持つライターの姫乃たまはこう述べる。
「アイドルが恋人の存在を公にしても、デメリットはあるものの、特にメリットはない」
「普通の女の子でもアイドルになれるいまの時代において、普通の女の子とアイドルの決定的な違いが『恋愛禁止』かどうかになっている」(P86〜 第4章 地下アイドルと禁止事項のはなし)
そう、端的にいえば、「恋愛禁止は儲かる」のだ。
さらに姫乃が語る以下のような指摘は痛烈である。曰く、少なくとも現状、「恋愛禁止」こそが、アイドルをアイドルたらしめているのだ。歌やダンスやビジュアル等の技術的ないし美的要素、あるいは巷間流布する「アイドルとは愛されること」等の抽象的な文言は、アイドルの本質ではないのだ、と。
同じく【前編】でも紹介した、太田省一著『平成アイドル水滸伝〜宮沢りえから欅坂46まで〜』(2020年2月、双葉社)において、著者は以下のように語る。
「『恋愛禁止』ルールは、疑似恋愛の対象としての昭和的なアイドル像がいわば形式的に残ったもの」(P14〜 女性アイドルにとって平成とはどんな時代だったのか?)
しかし、まさにその形骸化したフォーマットが現在のアイドルビジネスにおいても非常に都合がよいからこそ、今なおそれは、強固に残存しているのではないか。
建前では、アイドルの恋愛禁止は古いだの時代錯誤だのとみなが思いながら、それでも本音では、自分だけの存在でいてほしい、誰のものにもなってほしくないと願う。あるいはそこまでの“独占欲”はないにしろ、握手会やSNSにおけるコミュニケーションについては独占的なものであってほしい、その関係性は自分だけ得ている特別なものであってほしいと願う。
人間のそうした根源的な想いを、いわゆる“握手会商法”は、徹底的に利用してきた。ゆえに、アイドルにファンではない他者との“本当の恋愛”が発覚すると、「裏切られた」とファンは思う。あるいはアイドル側も、「裏切ってしまった」と考える。世間の常識では、恋愛禁止などただの建前のはずなのに。
アイドルファンになることは、「距離感のゲーム」に参加すること
前出『平成アイドル水滸伝』の太田氏は、アイドルにコミットする際の愉悦について、こう断言している。
「アイドルに興味を持ち、好きになることは『距離感のゲーム』に参加することだ(略)アイドルとどのように距離を縮めるか、あるいは逆にどのように距離をとるか。そのなかで味わうあらゆる喜怒哀楽こそがファンであることの醍醐味」(P143〜 華原朋美とPerfumeの巻~プロデューサーと平成女性アイドル~)
こうした『距離感のゲーム』に参加しながら、しかもそれが「疑似恋愛」に回収されないようなシステムを構築し、しかもそれがビジネスとして成立し得る……そのような地平が、今求められているのではないか。
「疑似恋愛」の魔法を完全に解くための、新たな言葉が必要とされている
2020年代のエンタメ業界は、新型コロナウィルスの世界的感染拡大で悲惨なスタートを切った。そのなかでもアイドルシーンは、「疑似恋愛」をベースにした「距離感のゲーム」に依存していた部分が大きく、ゆえに現状はより悲惨である。なぜならば、「疑似恋愛」感情を醸成させる場であり、と同時に消費をうながす場でもあったリアルな対面の場=「現場」が失われてしまったからである。
コロナ禍のこの状況を奇貨として、「疑似恋愛」によらない、新たなビジネスモデルは構築できないものか。
現役アイドルの結婚をファンが祝福する。そのような光景がポジティブに受け入れられるところまでは、我々は来た。
しかし「恋愛禁止」の魔法が完全に解けるには、距離感を定義する、新たな言葉とロジックが必要である。今までにない、アイドルとファンの新たな関係が浮かび上がってきたとき、アイドルは再定義され、「恋愛禁止」は過去のものになるだろう。