宿泊業界、密かに進む“ガラガラポン”…出張消滅・インバウンド消滅・給与減の根本的変化
今回のコロナ禍で最も深刻な影響を被ったのが、ホテルや旅館といった宿泊業界といわれている。実際に影響はかなり深刻だ。
観光庁が発表する宿泊旅行統計調査によれば、20年4月の宿泊施設の平均稼働率は16.6%という惨憺たる成績に終わった。前年同月が64.7%であるから、落ち込みがいかに深刻であったかがわかる。カテゴリー別にみてもビジネスホテルが20年4月で25.2%(前年同月78.9%)、シティホテルが11.8%(同82.8%)と目を覆わんばかりの惨状だ。延べ宿泊者数でみても1079万人泊と前年同月の23%の水準まで落ち込んでいる。とりわけ外国人宿泊者数はわずか26万人泊にとどまり、対前年同月比でなんと2.5%の水準になっている。
この状況は徐々に改善されつつあるものの、20年8月においても宿泊施設の平均稼働率は32.1%と前年の52.0%と比べるとその差はあきらかだ。
一般的にホテルなどの宿泊業界には、一般的に以下の5つのリスクがあるといわれている。
(1)政治リスク
(2)戦争・テロリスク
(3)経済リスク
(4)天変地異リスク
(5)疫病リスク
政治リスクとは国同士の仲が険悪になり、両国の往来に影響を与えるリスクである。卑近な例では日本と隣国の韓国との間の仲たがいだ。宿泊業界は今回のコロナ禍で大きく成績を落としているように見えるが、実際は18年夏くらいから、日韓関係が険悪になるにつれ、韓国人訪日客が減少している。コロナ前の19年、韓国からの訪日客数は558万人にとどまり、対前年比で25%も減少している。
戦争テロリスクも、心得るべきリスクだ。2001年のニューヨークでのテロに際しては、当時私は三井不動産の子会社の三井ガーデンホテルに勤務していたが、同じ三井不動産傘下のハワイの超高級ホテル、ハレクラニホテルの稼働率が20%台にまで落ち込む姿を見聞している。ちなみにハワイとニューヨークは直線距離で8000キロメートルほど離れているが、その影響の激しさに驚いたものだ。
経済リスクはリーマンショックのような大きな経済停滞が生じる結果、人々の移動が減少するリスクだ。天変地異は11年の東日本大震災のような大地震や火山の噴火、台風などの災害によるリスクをいう。
そして最後が疫病リスクだ。実は宿泊業界ではこれまでも、SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)が世界的に流行し、影響を受けた例がある。しかし、今回のコロナ禍は、世界同時多発で猛威を振るい、世界中の人々の足を止める事態に発展した。そうした意味では他のリスクも含めて、今回のコロナ禍は宿泊業界にとってはまさに未曽有の出来事といってよいだろう。
根本的な需要の回復は望み薄
それではポスト・コロナ時代に宿泊業界はどうなってしまうのだろうか。まず注目しなければならないのが、19年で3188万人を超えていたインバウンド(訪日外国人客)需要がいつになったら戻ってくるのか、あるいは本当に戻ってくるのか、という問題だ。今年の1月から9月の訪日外国人客数は397万人、これは前年同期の2441万人に対してなんと83.7%もの大幅な減少だ。日本国内でのインバウンド需要はほぼ消滅したといってよい。
私は感染症の専門家ではないが、コロナ禍が1918年から20年に流行したスペイン風邪の時のように、やがては人類の手によって終息させられていくと考えている。これまで終息できなかった感染症はなく、ここは人類の叡智に期待したい。また、今回のコロナ禍に対する意識が高じて、人々が移動するという選択肢をまったくもたなくなるとも思えない。動物は基本的には移動しながら生きるものだからだ。
しかし、ワクチンが開発される、あるいはさまざまな感染症対策が早急に講じられるようになったとしても、コロナ前の水準にまでインバウンドが戻るにはおそらく2~3年はかかるのではないかと思われる。
また、マイクロツーリズムと称して、国内客による近場の旅行を促進しようという動きもある。たしかに19年における延べ宿泊者数5億9592万人泊のうち、国内客は4億8027万人泊。国内旅行客の需要をもっと喚起することができれば盛り返せるというわけでGo To キャンペーンが行われている。
だが、コロナ禍がやっかいなのが、インバウンドに期待できないから国内客で代替しようにも、今の状態では一部の高級ホテルや旅館に富裕層の需要は集まっても、景気の悪化により、勤労者のボーナスや給与の減少、リストラなどが出始めるではなか、おそらく根本的な需要の回復は望み薄だろう。
施設の淘汰が加速
宿泊業界はしばらく我慢の時間を過ごすことになりそうだ。ただ、この業界は財務状況が脆弱な企業が多いので、この間において施設の淘汰がかなり行われるのではないかと予想している。特に18年から20年にかけて都内や京都、大阪では多数の新築ホテルが立ち上がった。これらのホテルは土地代が高く、東京五輪を控えて建築費もうなぎ上りの状況下に建設されたものが多い。営業計画もインバウンド需要を過大に当て込んだものが多かったため、需要が消滅し、借入金が過多な施設では今後経営が持たなくなるところが増えると予測している。
淘汰される対象はホテルや旅館だけではない。ホステルの看板で急成長した簡易宿所や、18年に新法が制定され、設置数を伸ばしてきた民泊のような小資本の施設にとっては2~3年という我慢の時間は死亡宣告をされたに等しい。
そうした意味では今回のコロナ禍は、インバウンドの急増や東京五輪の需要を当て込んで雨後の筍のように続々と新築ホテルを建設してきた宿泊業界に冷や水を浴びせる結果となりそうだ。しかし考え方を変えてみれば、今回の騒動で一部「無理筋」で進出してきた業者が退場し、業界として再出発するには良い機会になったともいえるのではないでだろうか。
宿泊業界の“お化粧直し”
ポスト・コロナにおいて宿泊業界が再出発をする際に、むしろ気を付けたいポイントは宿泊需要の変化だ。コロナ禍において、多くの企業で出張を問い直す動きが顕在化していることだ。
オンライン上での会議を行うことを余儀なくされた多くの企業では、逆に社内会議程度であれば、十分できるという認識を持つに至った。たとえば本社と支社、あるいは子会社間の会議ではこれまで互いが出張をして顔を合わせてきたのがZoomで済ませるようになると、出張そのものが削減される。これはビジネスホテルにとっては相当の痛手になりそうだ。ただでさえ、今後の日本は人口減少の影響でビジネスに携わる人の人口が減少することが予想されていることから、今後多くのビジネスホテルで経営に苦しむところがでてきそうだ。
シティホテルは宿泊客に加えて宴会客が消滅し、婚礼の延期やキャンセルが陸続して阿鼻叫喚状態だ。もともと人員を多く抱えるシティホテルにとって、コロナ禍による移動の自粛や宴会の消滅が長引くようになれば、財務体質の弱い地方の老舗ホテルなどが経営危機に陥る可能性が大きい。だが、大手のホテルは本業とは別にオフィスビルなどを併設しているところも多く、コロナ禍が収まるまでの冬ごもりはできそうだ。
またリゾートホテルなどは、一時閉鎖していたところも7月以降順次オープンし始めている。高級リゾートなどでは、かなり予約が取れているホテルが多いと聞く。海外旅行に行けなくなった富裕層が、予約しているもので、都会の「密」を離れてリゾートでのんびりしようという需要が一部顕在化しているようだ。
おそらくこの2、3年は冬の時代が続くかもしれないが、この期間淘汰される宿泊施設のうち、優良な資産を仕込むチャンスでもある。すでに一部のキャッシュリッチな企業や投資家は、倒れそうなホテルや旅館の不動産や運営会社そのものを狙い始めている。屍はきれいにお掃除され、再びお化粧直しされて数年後に登場する。世界は続くのだ。どこまでも。
(文=牧野知弘/オラガ総研代表取締役)