世界190カ国以上で事業を展開し、約1億8300万人の有料契約者数を獲得、年間のコンテンツ投資額は1兆5000億円――そんな新しい“メディアインフラ”ともなりつつあるNETFLIXの大躍進の秘密に迫ったドキュメンタリー映画『NETFLIX 世界征服の野望』(監督:ショーン・コ―セン、配給:TOCANA)が12月11日(金)からヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサなどを皮切りに順次全国公開される。
映画は同社の正体を暴いたベストセラー『NETFLIXコンテンツ帝国の野望』の著者、ジーナ・キーティング氏が脚本を担当。当時世界最大のレンタルビデオチェーンだったBLOCKBUSTER VIDEOとの“全面戦争”の模様を中心に、今やワーナー・ブラザーズやディズニーにすら一目を置かれる覇権企業として成り上がっていった模様を、同社の共同創設者で元CEOのマーク・ランドルフ氏をはじめとする主要な創業メンバーや、競合相手たちへのインタビューで赤裸々に描く。
当サイトは同作品の公開に合わせ、TOCANA編集部と共に、NETFLIXジャパンの元社員3人を集め、匿名座談会を行った。どんな形で採用されるのか、給料はいくらのか、はたまた合コンではモテるのか――。“コンテンツ帝国”の秘密の一端をズバリ聞いた。
思ったよりアンチ映画ではなくてびっくりした
Aさん:?代 元大手映像会社勤務からNETFLIXへ
Bさん:20代 国内大手コンテンツ会社勤務からNETFLIXへ
Cさん:30代 外資系異業種企業からNETFLIXへ
――『NETFLIX 世界征服の野望』をご覧になられてどうでしたか?
A:初期の頃BLOCKBUSTERとの戦いは既に有名な話ですが色々なインタビューを聞いて気が付かなかった点がたくさんあったので面白かったです。今の社員に見るようにぜひ勧めてほしいです。
B:こんな歴史があったんだと驚きました。
A:レンタルビデオ、DVD時代の話は、今の社員の人もあまり知らないと思います。次の世代の人も見た方がいいと思いました。
――劇中、NETFLIXとブロックバスターの間にスパイ合戦のくだりがありましたけど、そういう仕事って実際にあるんですか?
一堂:ないです。
C:競合という意識がないんです。自分たちが市場を切り開いているので。
A:競合他社の情報を知ったからどうということではないです。
入社3カ月で年収が200万円アップ
――なるほど。おそらくNETFLIXを知っている人はみんな気になっていると思うのですが、ぶっちゃけ年収はおいくらなんですか。
A:自ら言うのは難しいです。これは一般公開されているのですが、人事の基本採用方針は各ポジションで、もっとも優秀な人を雇うということです。そして、その人に業界の中でトップなサラリーを払うことが会社の価値観の一つになっています。
――フジテレビの人は年収1300万円とか言われています。それより3割とか5割とか高いということですか?
A:その人材にどれくらい要求があるか、どれだけ供給があるかということです。場合によっては自分の上司よりお金をもらっているケースもあります。エンジニアであればその分野において、該当するスキルを持っている人がいないのであれば、高額になります。つまり、その人が貢献できるスキルによって給料は最適化されます。仕事のパフォーマンスと関係ないです。
――本人のスキルによってということですね。
A:僕は恥ずかしくて言えないですね。
B:私は数年前まで働いていていました。管理職ではなかったですし、他のその道のベテランの同僚に比べてスキルが高いわけではなかったのですが、ちょうど自分が入った部門の立ち上げ期で、そこで求められているスキルを持っていました。そして、たまたま英語が喋れた。入社3カ月後に給与面談があり、そこで年収が200万円くらいアップしました。Up or Out、つまり給料・役職が上がるか、出ていくかのどちらかでした。
B:「まあまあ良いいいからいてもいいや」と言う雰囲気ではありません。仕事ができれば、給料は上がるし、不用な人材ならいらない。振れ幅は広いと思います。
突如、NETFLXから来る採用チャレンジへのオファー
――NETFLIXジャパン立ち上げの時は日本国内ではまだメジャーな存在ではなかったと思います。皆さん、どういうルートでNETFLIXに入社されたんですか。
A:某映像会社で働いていて、アプローチがありました。「日本法人が立ち上がるから来てくれないか」というオファーがあって、入社しました。
――NETFLIXの人が直接、ヘッドハンティングに来るんですか?
A:僕の場合は人事から直接きました。
B:私は元々勤務していた会社の先輩から誘われました。私も後輩を誘ったりしています。その会社から何人か、NETFLIXに入社していたと思います。
C:僕は異業種で働いていたのですが、ヘッドハンターの会社から連絡がありました。
A:実際はヘッドハンターの会社の方が多いと思います。
――NETFLIXに行こうと思った決め手はありますか?
A:メディア業界のMLB(米メジャーリーグ)の最高チームなわけですから、そこから声をかけられたら、それはみんな考えますよ。でも、当時の日本映像業界の友人は「あんな会社はすぐつぶれるだろう」と笑っていましたけれど。
僕は映像会社にいたので、昔から業界のベンチャーの1社としてウォッチングをしていたんです。いずれハリウッドの中で、ディスラプションを起こす可能性を持っていると思っていました。そして、映像会社としてその実態にどう向き合うのか、社内の戦略担当と議論をしていたところでした。
決めてのひとつはリード・ヘイスティングス氏の存在です。創業者がいる。ファウンダーのスピリットを生で聞けるというのはとても魅力でした。
B:正直、辞める気はなかったんですが、転職のきっかけのひとつはオフィスの差です。元の会社は普通の日本企業だったので、デスクがグチャグチャだったり、段ボールにグッズなどが詰まっていたりとか雑然としていたんですね。ところが、NETFLIXはすごい綺麗なオフィスで、みんな生き生き働いていて、アメリカのトップ企業ってこんな感じなんだなと思いました。その風に触れたいと思ってしまったんですね。
2つ目はフィジカルの商品を売ることに限界を感じ始めていたことです。「たしかに仕事は楽しいけれど、ビジネスとしてこの業界は先があるのかな」っていうのはずっと思っていました。動画配信は次の世代のエンターテイメントのあり方だなと結構納得してしまった。楽しい仕事だけど、続けていて先がないよりかは、もっと先があるビジネスにチャンスをかけたいと思っていた。そんなタイミングで声がかかりました。
積極的に転職活動をしていたわけではなく、機会と縁でした。その結果、最終的には年収は2倍になりました。さすがに入社直後からいきなり1000万円の大台を超えることはありませんでしたが、給料が上がっても調子にのらないよう心がけました。
――合コンに行くとやっぱりモテるんですか?
B:難しい質問です。この話で週刊誌にコラムを書いたことがあるくらいです。私がいた元の会社は商社マンや代理店じゃないイロモノ枠として活躍できていました。でも、NETFLIXは転職した当時はあまりみんな知らなくて、「そんな会社あるんだ」という感じでした。モテはじめるようになったのは2018年後半からでしたね。合コンでモテ始めるのと、その会社のサービスがうまくいっているかは相関があると思います。
――やはり相手は芸能人とかが多いんですか?
B:人によってだと思います。芸能人の方が感度が高く、一般の方よりNETFLIXの存在を知っているんですよね。相手は同じくらいの年代の人が多いと思います。私が出会う相手はタレント、アイドルとかでした。
「上司は上にいる人ではなく、前を進んでいる人」
――「この会社ブラックだな」と思うようなところはありませんでしたか。
A:まったくブラックと思うことはないです。どれだけ、自分がNETFLIXのカルチャーを理解しているのかどうかが、採用時の評価ポイントになるんです。入社したらすごい魅力的だったのが、先ほども言いましたが創業者がいること。その人が魅力的なオーラのある人でした。もう一つは効率の良さです。さすが、『ハリウッドとシリコンバレーが結婚した会社』です。
――ハリウッドとシリコンバレーはどういう違いがあるんですか?
A:まず出勤簿がありません。PCは自分の好きなものを選べます。意見の出し方もリベラルですよね。日本の古い会社は上司というのは、上にいる人が上司です。シリコンバレーでは上司は上にいるというよりも、前を進んでいる人なんです。
NETFLIXも同じです。上にいるというよりも、前に前に進んでいる。日本の場合は上にいて、見ているだけでお金をもらえるという人が多いですよね。
――足の引っ張り合いがあって怖い会社だという噂もあります。
C:足を引っ張ったところで、何も特はしないので。階段を上るようなシステムじゃありません。
A:常に気になったことがあれば、その人にすぐにフィードバックしろという文化です。相手が上司であろうが、リード社長であろうが誰でもいいんです。改善の余地があれば、「とにかく言え」という文化です。フィードバックを出し合うことによって、会社全体が強くなります。一つの筋肉を鍛えることと一緒で、使わないと強くならない。
B:例えば、関わったことのない分野の社員に、グーグルカレンダーでワンオンワンの予約を入れて、少し話をしたいですと申し込むとOKしてくれます。カジュアルにフィードバックができる仕組みになっているんです。日本の会社はすごくやりづらくて、「○○部門の●●さんに会うためには、まず一回飲み会に行って、根まわしてから~」みたいなのを挟まなくてはいけませんでした。社員同士だけでなく、ディレクター(部門長)とか管理部門の人も快く引き受けてくれるのですごくやりやすかったです。
A:NETFLIXの中で一番ダメなのは、「あいつはフィードバックを受け付けていない」ということです。これはあり得ないことです。自分のことを改善したくないということになってしまう。ただNETFLIXが面白いのはそのフィードバックを使って人を手放すことが出来る力を各マネージャーに与えたことです。勿論完璧な会社ではないので各マネージャーが自分の好き嫌い、相性などを無視してどれだけそのフィードバックを正確に出せるか活用できるかは常にチャレンジですね。
「お金は出すが制作に介入しない」は本当か?
――日本版のコンテンツを作る際は制作には関与しないのですか?
B:場合によります。すごく関与する作品もあります。
A:社内の制作機能がアメリカでは最近持ち始めたんですが、日本では全部パートナーシップです。
――NETFLIX制作のコンテンツは、資金だけを出してクリエイターの裁量に任せて作られているという噂がありますが本当なんですか?
C:本当だと思いますよ。ものすごく手を入れて制作した『全裸監督』のような作品もありますが、なにしろ人数がすくないので……。基本は作品を買い上げるという形になります。ただ、企画を通すのは大変です。
――新しい企画を受け入れるのは、知らない会社からでもウェルカムなんですか?
C:持ち込みに来る量が尋常ではないので、何かしら強い引きがないと厳しいですね。クリエイターが一流とか、原作が面白いとか。
B:ルールがあって、知らない人から企画書が来たら勝手に開けてはいけないんです。基本的に、そのまま本部に郵送します。知っているプロデューサーとからじゃないと、受けつけられないです。
C:安易に中身を見てしまったら「パクっただろう」と言われてしまうリスクがあります。例えば飛行機に乗った時に、自分がNETFLIXの社員だとわかってしまうと、隣の席の人が「こういう作品をつくりたいんだよ」という話をしちゃうこともありますね。だから基本的にまず、NETFLIXの社員であることをひけらかさないですし、仮にそういう話をしてきたら絶対に聞かない。もしくは、相手に「言わないでください」と言うように指導されています。
ある日突然、いなくなる同僚
―― NETFLIXで勤務していてハードだった思い出はなんですか?
B:私は信頼している同僚がある日いなくなったり、後輩が「そろそろいい感じだな」と思っていたら、突然いなくなったりしたことです。
――いなくなるって突然、いなくなるんですか?
B:事前に話はありませんでした。午前中、話をしていて、午後いなくなるとか。午前中会議をしていて、午後、もう一回話をしようとしたら、退社していたとか。昼に上司から呼び出しを受けるんです。いきなりパッといなくなります。
いなくなるのが信頼している人だとショックです。でも、だんだん感覚がマヒしていきました。
あと、キツかったのは作品を作っていて、「クオリティーがどうしても気に入らない」となった時、クリエイターに対しても最終的には「あなたじゃない人を探します」と告げることがある点です。こちらもある程度のお金をかけていて、NETFLIXという冠をつけている以上、クオリティーが出せないものは、入れ替わってもらうしかありません。
しかし、何カ月間もずっと現場で制作を担ってきた人を切って、新しい人を探すのはかなりしんどい作業です。こういうのは、日本の製作委員会ではあまり見られない光景だと思います。
NETFLIXは監督や脚本家ですら変えることがあります。それだけ、良い物をつくることに命懸けだということです。良い姿勢だとは思うんですが、現場の方々に負担を強いることには変わり有りません。私含め担当者は皆その人の作品が好きで、何個も見ていていたので、しんどかったです。
A:解雇だと1日の猶予もありません。リーマンショック時に解雇されたウォールストリートの投資銀行員のように会社から去ります。データ漏洩を防止するために、パソコンも会社に押さえられます。デスクの荷物も人事や同僚が送ってくれたりしますね。そういうところはドライな企業だと思いますよ。
(構成=編集部)