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江川紹子の「事件ウオッチ」第166回

略式起訴では済まぬ「桜を見る会」疑惑、公開法廷で経緯を明らかにせよ…江川紹子の提言

文=江川紹子/ジャーナリスト
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2019年4月13日に開催された、安倍晋三首相(当時)主催の「桜を見る会」(写真:Tomohiro Ohsumi/Getty Images)

 総理主催の「桜を見る会」前日に、安倍晋三・前首相の後援会が支援者を集めて都内のホテルで催していた夕食会の費用を、安倍氏側が補填していた疑惑。東京地検特捜部が、安倍氏の公設第1秘書と事務担当者の2人を、政治資金規正法違反(不記載)罪で略式起訴する見通し、という記事やニュースを、各メディアが盛んに報じ、検察の観測気球の役割を務めている。

 こういう茶番はやめてもらいたい。

「陸山会」事件を凌駕する、極めて悪質な犯行

 事件が、報じられている通りの事実だとすれば、この秘書らは、内閣総理大臣に国会で虚偽の答弁をさせ続けたことになる。それによって、国民を騙し、国会審議の長大な時間を無駄に消費させたわけで、その結果は極めて重大だ。しかも、犯行は意図的かつ計画的で、毎年繰り返され、ホテル発行の領収書を廃棄して証拠の隠滅もしているというのだから、悪質性は極めて高いといわざるをえない。

 これほどの事件が、略式手続きで済まされていいはずがない。略式を強行すれば、司法に対する信頼を著しく損なうことを、検察も、そして裁判所も、今からよくよく自覚すべきだ。

 報道によると、直近5年の2015年から19年の夕食会について、ホテルに支払った総費用は合計約2300万円だった。これに対し、支援者から徴収した会費は計約1400万円。安倍氏側が計約900万円を補填していた。

 12月3日付読売新聞によれば、同特捜部は、会費徴収分計約1400万円について、収支報告書の収入と支出にそれぞれ計上したうえで、補填分やその原資についても記載する必要があったと見ており、不記載の金額は4000万円規模に上る可能性がある。

 報告書への不記載や虚偽記載をした場合、罰則は「5年以下の禁錮または100万円以下の罰金」とされている。

 小沢一郎・衆院議員の政治資金管理団体「陸山会」を巡る事件では、同氏の元秘書で、その後衆院議員となった石川知裕氏が禁錮2年執行猶予3年となった。この時は小沢氏からの借入金4億円の不記載が違法とされた。

 今回の安倍氏後援会の件は、不記載額はその10分の1程度だとしても、秘書らの犯行がもたらした結果の重大性は、「陸山会」事件の比ではない。

 昨年11月以来、国会ではしばしば「桜を見る会」を巡る問題が取り上げられた。前夜祭と称する夕食会の会費補填疑惑も、野党の質問に対し、安倍首相(当時)は「後援会としての収入、支出は一切ない」「ホテル側から明細書等の発行はない」と繰り返した。

 この問題に審議時間の多くが割かれることに、批判もあった。産経新聞は昨年11月24日付の社説「主張」で、「いつまでも時季はずれの花見に興じている場合ではない。首相はじめ、与野党議員は自らの本分をしっかり自覚してもらいたい」と叱った。

 また、読売新聞は昨年12月8日付社説で、政権側の態度を「節度を欠いた」と指摘しつつ、野党側の追及は「事細かに問題点をあげつらった」「国会戦術上の駆け引きに終始し、本質的な議論は乏しかった」と批判。「言論の府として、嘆かわしい」と慨嘆してみせた。

 さまざまな課題が山積するなか、こうした論評が出るほど「桜」に長時間を割かざるを得なかった主たる原因は、安倍氏など政権側の不誠実な答弁にある。なかでも、夕食会に関する安倍氏による虚偽の答弁は、聞いていてもいかにも不自然で、疑念をますます深めることになった。

 報道によれば、安倍氏の公設第1秘書らは「(補填はないという、事実と異なる)答弁をしてもらう以外ないと判断した」と述べている、という。本当に安倍氏が事実を知らなかったのか疑問は残るが、仮に秘書らが勝手に判断した、というのが事実だとすると、この秘書らの責任は重大だ。

 審議時間を無駄に費やしただけではない。総理大臣の答弁の信頼性を失墜させた。しかも、国会を開くにも経費がかかっている。この秘書らは、数億円単位の税金を浪費させたことになる。

 そのうえ、故意に、くり返し証拠隠滅を伴う、極めて悪質な犯行だ。とりわけ2019年分については、11月の時点で補填が大いに問題になっていたのに、それを知りつつ虚偽の収支報告書を提出したことになる。

 秘書らが犯行を認めているとしても、結果の重大性や悪質性において、「陸山会」事件を凌駕する以上、検察の求刑が100万円以下の罰金ということはあり得ないのではないか。

 検察は、かつてヤミ献金を受領した元自民党副総裁の金丸信氏を略式裁判で罰金20万円で済ませ、その後、検察庁の看板にペンキを投げつけられた出来事を、思い出すべきだろう。

裁判所が略式不相当と判断した事件は過去にも数多く存在する

 それでも、検察が略式手続きを強行した場合は、裁判所に適正な役割を果たしてもらいたい。

 検察が略式手続きを選択しても、裁判所が略式不相当と判断すれば、正式な裁判を開くことができる。そうした事態は頻繁にあるわけではないが、これまで少なからぬ前例がある。

 メディアで報じられ、記事データベースに収められている例を挙げる。

▽2018年11月 佐久簡裁(略式不相当の判断をした裁判所、以下同じ)
 従業員に違法な長時間労働をさせたとして労働基準法に問われた長野県南牧村の乳製品製造販売会社と同社役員2人の事件。正式裁判も同簡裁で実施。

▽2019年1月 名古屋簡裁
 生徒に体罰を加えたとして暴行罪に問われた養護学校教諭の事件。名古屋地裁が罰金30万円の判決。

▽2018年11月 岐阜簡裁
 岐阜県警の巡査長が、法定速度の60キロを大幅に上回る約112キロで公用車を走行させ、物損事故を起こした。

▽2018年8月 岐阜簡裁
 生活保護を受給する女性らに抱きつくなどしたとして、暴行罪に問われた岐阜市職員。

▽2018年1月 盛岡簡裁
 盛岡市内の認可外保育施設で1歳の乳児が食塩中毒で死亡し、施設経営者が業務上過失致死罪に問われた。盛岡区検の略式起訴に対し、被害児の両親が正式裁判を求める意見書を簡裁に提出していた。

▽2017年7月 東京簡裁
 女性新入社員が自殺に追い込まれたことをきっかけに発覚した広告代理店王手・電通の違法残業事件。東京地検は法人としての電通を略式起訴し、同社部長らは不起訴処分としていた。

▽2017年3月 大阪簡裁
 ファミリーレストラン「和食さと」の運営会社が、7人の従業員に月40時間の上限を超えた時間外労働をさせていた事件。正式裁判も同簡裁で行われた。判決は、「全国規模で飲食店を展開する大企業で社会的影響は少なくない」などとして罰金50万円。

▽2017年3月 大阪簡裁
 大阪市内のスーパーマーケット運営会社「コノミヤ」が従業員4人に時間外労働の上限を超えて残業をさせた。正式裁判も同簡裁で行われ、判決は「6100人も雇用する大企業で、社会的責任が大きい。労働基準監督署からの是正勧告後も是正しておらず、刑事責任は重い」として罰金50万円。

▽2012年12月 大阪池田簡裁
 二日酔いの酒気帯び状態で車を運転して出勤し、道交法違反に問われた大阪府警の元警部(依願退職)が正式裁判に。

▽2012年3月 大阪簡裁
 事件の証拠品の木刀を紛失したと思い込み、無関係の木刀を証拠品にねつ造したとして証拠隠滅罪に問われた大阪府警の元警察官3人の事件。正式裁判で検察側は罰金10~20万円を求刑したが、大阪地裁は1人を懲役3月執行猶予2年とし、残る2人も求刑を上回る罰金を科した。

▽2011年5月 大阪簡裁
 柔道練習中の小学1年生男児が死亡した事故で、業務上過失致死罪に問われた指導者に対し、大阪区検は罰金100万円で略式起訴したが、大阪地裁での正式裁判に。判決は求刑通り罰金100万円。

▽2010年12月 大阪簡裁
 任意の取調べの際に被疑者に対して暴言を吐いて、脅迫罪に問われた大阪府警の警部補について略式不相当とし、大阪地裁に移送。正式裁判では求刑20万円を上回る罰金30万円の判決。

司法への信頼を損なわないために、略式不相当とし、正式裁判を開くべき

 ここ10年間の例を見てみると、簡裁が略式不相当と判断した事件は(1)事件による結果が重大 (2)被告人が警察官など公務員 (3)社会的影響が大きい――という3要素のいずれかを含んでいる。

 安倍氏事務所の件も、(1)と(3)は満たしているうえ、公設秘書は税金から給与を支払っており、身分は国家公務員特別職で(2)にも該当するといえるだろう。 

 これを略式手続きで済ませ、公開の裁判を開かずに終われば、裁判所は権力者に甘いと受け止められ、司法の公平性、公正性に対する信頼は著しく損なわれるに違いない。

 また、略式手続きで済まされれば、当該秘書らがコトの経緯について何を語っているか、検察官が作成した調書のなかに記されるだけで、国民は知ることが難しくなる。一部を、検察がメディアにリークしたとしても、全容を直接確かめることはできない。そもそも、検察官調書が本人の供述通りに作成されているか、確かめようがない。

 略式手続きであっても、確定後には記録の閲覧はできることになっている。しかし現実には、記録は検察庁が保管・管理し、記録のどの部分を、何を閲覧に供し、どの部分を非公開にするかは、検察の判断ということになる。

 たとえば、横綱日馬富士(当時)の暴行事件は略式手続きが行われ、私はその記録を閲覧した。しかし、横綱白鵬や鶴竜ら目撃者の調書は閲覧用の記録からは外され、日馬富士本人の調書も黒塗りされた部分が多かった。

 この問題では、国会で虚偽の答弁を行った安倍氏自身が、記者会見などで国民に詳細な説明をするべきであることはいうまでもない。読売新聞の世論調査では、72%が安倍氏の説明を求めている。共同通信の世論調査でも、60.5%が安倍氏の国会招致を要求した。

 ことの全体像を知るために、最も詳細を知る秘書らにも、公開の法廷で正直に経緯を語ってもらいたい。

(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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