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江川紹子の「事件ウオッチ」第163回

ベルリンの少女像を撤去させるために日本政府に必要なことは…江川紹子の提言

文=江川紹子/ジャーナリスト
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ドイツ・ベルリン市ミッテ区に設置された「平和の少女像」(写真:ddp/アフロ)

 ドイツ・ベルリンの公有地に設置された慰安婦を象徴する少女像は、日本側の要求で、地元自治体が撤去を求めたものの、像を設置した韓国系市民団体が異議を申し立て、当面は設置が継続されることになった。日韓慰安婦問題に関しては、第三国であるドイツを巻き込む新たな懸案事項となっている。

運動のシンボルとなってしまった「少女像」

 報道によれば、ドイツ国内の慰安婦像は3体目だが、公共の場所に設置されるのは初めて。韓国系市民団体「コリア協議会」が「日本軍慰安婦問題対策協議会」を作って設置を推進し、韓国の「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯(正義連・旧挺対協)」が製作を支援して、9月28日に除幕式が行われた。

 ベルリン市ミッテ区が10月8日に設置許可取り消しを発表し、同月14日までの撤去を求めた。茂木敏充外相がドイツのマース外相との電話会談の際に対応を要請していた、と報じられている。

 これに対し、コリア協議会が区への異議申し立てや裁判所への申請をするなど強く反発した。さらに、シュレーダー元首相とその妻で韓国系のキム・ソヨン氏がミッテ区に像を撤去しないよう要請。キム氏は日本政府を強く非難し、「ドイツの官庁が日本の戦争犯罪の隠蔽に加担してはならない」と求めた、と韓国メディアは伝えている。挺対協・正義連で長く理事長を務めた尹美香(ユン・ミヒャン)氏をはじめとする韓国の国会議員113人が、区の撤去要請に抗議する書簡を在韓ドイツ大使館に送るなど、韓国側も強い反応を示した。

 板挟みになったドイツのミッテ区は、裁判所の判断が出るまで撤去に向けた動きはしないとし、「日韓が折り合える妥協案を望む」と述べた。しかし、そのような妥協案を見つけるのは難しい。やっかいな問題だ。

 ドイツの地元当局の発表では、この像は「戦時下の女性への性暴力に抗議の意思を示す芸術作品」という説明があり、設置を許可したとのことだ。

 問題について不案内なドイツの人たちにはすんなり受け入れられたのかもしれないが、私は設置者側のこの説明に、強い違和感を覚えずにはいられない。

 あの慰安婦像は、旧日本軍の慰安婦問題に関して日本を抗議・糾弾する運動のために作られ、実際に9年にわたって、その役割を存分に担ってきた。その結果、「平和の少女像」というタイトルとは逆に、この像ができて以来、日韓で人々の反感や不信、憎悪はむしろ膨らんでいる。原因は慰安婦問題だけでないが、それによる両国の感情的なぎくしゃくや対立は根深い。原作者の意図はどうあれ、この像はもはや日韓対立のシンボルでさえある。

 特定の役割を担い、平和ではなく不和の象徴となっている像が、「戦時下の女性への性暴力」という普遍的なテーマを扱うのにふさわしいのだろうか。

 しかも、その運動を率いてきた正義連などは、寄付金の不正流用が発覚するなど、元慰安婦を「食い物にしてきた」という批判も起きている。挺対協の時代から、日本政府による慰安婦問題の調査、あるいはアジア女性基金による元慰安婦の方々への償いなど、実態解明や被害者救済を妨害する行動も続いてきた。

 そんななか、運動のシンボルでもある像を、しかも問題とは直接関係のない国に広げ、日本がこれについて何もしてこなかったような誤解を広めようという活動の仕方にも抵抗を感じる。

 それに、ドイツを訪れた時に、この像に出くわすようなことになったら、きっといい気持ちはしないだろう、とも思う。

 こうした諸々の違和感があって、私自身はこの像が撤去されることを望んでいる。

 その一方で、この問題について、日本政府には慎重な対応をしてもらいたい、と強く求めたい。ドイツ側に新たな要請をするとしても、その説明は十分に検討を要する。いくつか、気をつけてもらいたいポイントを挙げたい。

日本の評価を貶める右派の自説

 まず、「強制性はなかった」と強調することは愚策だ。かつて櫻井よしこ氏らの「歴史事実委員会」がアメリカの新聞に意見広告を出して「強制はなかった」と主張したが、ドイツでこうしたふるまいをすれば、反感を買うばかりか、日本の品位を貶めるだけだ。

「強制」は、住んでいるところから力尽くで誘拐するような、有形力の行使だけを意味するわけではない。よい仕事があるかのよう誘われてだまされた、逃げたくても逃げられない環境だった、という当事者の訴えからは、「強制性」があったと見られるのが当然だろう。1993年の河野洋平官房長官による談話(いわゆる「河野談話」)でも、「総じて本人たちの意思に反して行われた」と述べられている。

 日本も、北朝鮮による拉致事件の被害者は、横田めぐみさんや曽我ひとみさん、蓮池夫妻など、生活圏から力尽くで連れ去られた者だけではなく、だまされてヨーロッパから北朝鮮に連れて行かれた者も含めている。当然だ。だましによって、自由で健全な判断を阻害し、人を連れ去って監禁するのは、強制的な連行に等しい人権侵害であり犯罪行為だ。

 慰安婦問題において日本が強制性を否定すれば、その一貫性のなさを見抜かれ、「責任を回避している」と見られるに違いない。

 次に、「日韓外相合意で解決済み」などという役所的論理でドイツを説得しようとしても逆効果になるだろう、という点だ。

 今回の像設置は、民間団体の行為だし、日韓の問題を訴えるためではなく、「戦時下の女性への暴力」に反対するという大義名分が掲げられている。

 過去の過ちについて反省は継続することが大事、というのがドイツの基本的な姿勢。ナチスドイツによるポーランド侵攻から80年を迎えた昨年の9月1日には、ドイツのシュタインマイヤー大統領が、ポーランドで行われた式典に出席し、ポーランド語で謝罪した。

 そういう国に対し、日本政府はくれぐれも慰安婦問題は「解決済み」であり「終わったこと」という態度を示さないようにしてもらいたい。

 さらに、性暴力、とりわけ戦時下の被害者救済の重視が、少なくとも欧米先進国の潮流であることにも留意する必要がある。

 戦時下の女性への性暴力は、旧ユーゴのクロアチア戦争などを通して、1990年代頃から問題視されるようになった。2013年には国連安保理が、紛争下の性暴力の訴追と予防の重要性を決議した。

 さらにアメリカ発の#MeToo運動も、被害者救済の流れを後押ししている。2018年には、コンゴ民主共和国の医師と、イラク出身のヤジディ教徒で自らも被害者である女性の人権活動家の2人が、ノーベル賞平和賞に選ばれた。

 慰安婦問題もまた、戦時下の女性への性暴力のひとつとみなされるようになっている。ドイツ・ベルリンでも一昨年、昨年と、慰安婦問題とイラクで自称「イスラム国」による性被害を受けたヤジディ教徒の問題を取り上げるイベントが行われたりもしている。慰安婦像は、こうした流れのなかで設置に至ったことを忘れてはならない。

 そんななかで、被害を訴える者を否定したり貶めたりするような発信があれば、日本の評価を下げるだけだ。

 サンフランシスコ市議会が、少女像とは異なる慰安婦を象徴する像の設置について審議した際、設置推進の立場で元慰安婦が証言したのに対し、在米日本人らの団体関係者はそれをウソ呼ばわりし、その結果「恥を知りなさい」と叱責された。

 ドイツでも、被害者を傷つけるような言動は、必ず批判される。心しておくべきだ。

 右派団体も、ドイツに乗り込んで「慰安婦問題などない。彼女たちは売春婦だ」などといった、仲間内でしか通用しない自説を展開するのはやめてもらいたい。そんな行為は、日本政府の足を引っ張るだけで、百害あって一利もない。

 では、どうすればいいのか。

 日本も、戦前のことについて、反省や償いをしてこなかったわけではない。慰安婦問題についても、1992年に宮澤喜一首相が謝罪し、1993年には「河野談話」で、政府としての「心からお詫びと反省の気持ち」を表明。1994年にも村山富市首相が、慰安婦問題は「女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題」であるとして、「心からの深い反省とお詫びの気持ち」を語った。村山首相は翌年にも同趣旨の謝罪を述べ、「女性のためのアジア平和国民基金」(女性基金)の設置を発表した。

 この女性基金は、一人200万円の償い金は国民からの募金で国家賠償という形はとらなかったが、原資が不足した場合は、政府が国庫から補填することが決められていた。さらに、医療・福祉支援事業として政府拠出金(韓国人には一人300万円)からのお金が渡されることになっており、事実上、国家としての償い事業だった。

 これで十分かどうかについて異論は必ずやあるだろうが、ドイツがナチス時代の強制労働者のためにつくった「記憶・責任・未来」基金による補償よりはるかに高額で、条件面でも受給する人にとってよいものだったことは知っておきたい。

 さらに、内閣総理大臣からのお詫びの手紙が添えられ、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎の4代首相が自筆で署名した。

 フィリピンなどの元慰安婦支援団体は、女性基金の償いを受け取るかどうか、当事者自身にゆだねた。ところが、韓国の挺対協は「受け取ったら娼婦と認めたことになる」などと言って受け取りを妨害。受給者に対しては徹底的に非難し、差別した。それを韓国政府も追認した。そのために受給者は限られたが、それでも韓国政府が認定した247人中、61人が密かに償いを受け取った。

 女性基金による償いの詳細を、韓国のメディアは正確に報道しようとしなかった。そのため、日本の首相からのお詫びの手紙の文面は、多くの韓国国民が知らずにいる。

 そして、日本政府も反省やお詫びの表明を、積極的に世界に発信してこなかった。

日本政府が示すべき姿勢は

 女性基金の理事を務めるなど、長年日本の戦後責任の問題を探究した大沼保昭東大名誉教授(故人)は、筆者(江川)のインタビューに答える形で出した『「歴史認識」とは何か』(中公新書)の中で、ドイツが日本より戦争責任について国際社会で高い評価を受けている事情について、こう解説している。

〈ひとつには、ドイツは国家の指導者がわかりやすい形で自己の反省と謝罪を表明してきたことがあります〉

 1970年にはブラント西独首相が、ポーランド・ワルシャワを訪問した際、ゲットー(ユダヤ人隔離施設)でのユダヤ人武装蜂起を記念する碑の前でひざまずいて黙祷を捧げた。この姿は、写真を通じて世界中に報じられた。

 戦後40年を迎えた1985年には、ヴァイツゼッカー大統領が「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目となる」という演説で、多くの人の心を打った。

 では、日本はどうだったのか。大沼氏の言葉をさらに引く。

〈日本が戦後一貫して平和主義を維持してきたのは、まちがった戦争をしてしまったという深い反省に立脚するものだったし、(中略)日本の首相はくり返し反省と謝罪のことばを述べてきたし、(中略)反省にもとづく行いは積み上げてきました。ただ、政治指導者の象徴的行為、その広報という点で、ドイツにはるかに劣っていたことは否定できません〉

〈外務省や首相の周辺にいる人がもう少し有効なアドバイスができないものか、と思います〉

 元慰安婦への償いでは、オランダやフィリピンでは受け入れられた。しかし、その後オランダやフィリピンを訪れた日本の首相や外相が、元慰安婦の方々に会った、という話は伝わってこない。会って握手をし、元慰安婦を抱きしめるなどの象徴的な姿が世界に広く報じられていれば、日本に対する世界の評価は変わっていたのでは、と大沼氏はくり返し残念がっていた。そして、こう提言していた。

〈韓国の元慰安婦の中にも、対日強硬派の挺対協と一線を画している人たちは少なからずいるわけですから、日本の政治指導者はそういった象徴的行動を取ることを真剣に検討すべきだと思います〉

 5年前の日韓外相合意が、ひとつのチャンスだった。合意に、次のような一文がある。

「安倍内閣総理大臣は、日本国の内閣総理大臣として改めて、慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを表明する」

 この文を岸田外相が読むに任せるのではなく、安倍首相自身が、海外各国メディアのカメラの前で語っていたら、どうだったろうか。さらに、元慰安婦に配るお金に、安倍首相による丁寧なお詫びの手紙をつけ、首相がひとつひとつサインする姿を伝えていたら、どうだったろうか。

 日本糾弾で凝り固まっている人たちの対応は変わらないかもしれない。しかし国際社会のなかで一定の存在感を放っていた安倍首相である。彼がなんらかの象徴的な対応をし、それがきちんと伝えられていれば、欧米を含めた国際的な日本の評価は大いに違っていたのではないか。特に、同じ敗戦国であるドイツには、伝わるものが大きかったように思う。

 そのような時機を逸したのは、残念だ。すでに、存命の元慰安婦は少なくなり、コロナ禍もあって、次の機会というのはなかなか見つけにくいかもしれない。

 ただ大事なのは、元慰安婦の方々に申し訳ないという気持ちを示した女性基金の時の態度を、維持し続けること。そして、それを政治的指導者がきちんと示し、世界にも発信することではないか。

 もちろんそれが、単なるパフォーマンスであってはならず、国内でも一貫した対応が必要だ。特に、元慰安婦を貶めるような言動は、きちんと諫めてほしい。

 そのうえで、日本が女性基金で行ったこと、外相合意に基づいて10億円を拠出したこと、韓国の「和解・癒やし財団」を通した現金支給についても正義連が受け取らないよう妨害したこと、それでも合意時に存命だった元慰安婦の8割近くが受け取ったことなどの事実を、ドイツ側にも淡々と伝え、先方が韓国の「被害者中心主義」の欺瞞に気づくような情報を提供すればよいと思う。

 日韓合意によって終了した、女性基金のフォローアップ事業も、韓国側が勝手に合意事項を破った以上、日本独自の被害者支援として再開してもいいのではないか。最後のひとりが亡くなるまで、きちんとケアする。これこそ、まさに「被害者中心主義」の活動だろう。

 こうした被害者のケアと世界における戦時下性被害の再発防止。日本がそのために誠実に努力する姿勢を示すことが、誤解を招く像設置への何よりの対抗手段であり、日本の品位と尊厳を守る道ではないか。

 菅首相や茂木外相の周辺の人たちは、ぜひ適切な助言をしてほしい。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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