自殺者の数が、心配な徴候を見せている。
8月に自殺した人は全国で1849人(警察庁速報値)で、昨年の同じ時期より246人多い。自殺者数は、2003年の3万4427人をピークに、徐々に減少し、昨年は2万169人だった。この減少傾向が一転して増加傾向に転じたのか、あるいは一時的な現象なのかは、現時点ではまだわからない。国は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響がないかなどを分析することにしている。一方、7月半ばの若手俳優の自殺報道の影響を指摘する声もある。
自殺増加の原因、考えられる可能性
自殺者数は毎月速報値が公表されている。8月の数字は今年に入って最多。ここ10年の統計を見ると、8月は7月に比べて減少することが多いが、今年は前月より54人増加した。
自殺対策のNPO法人代表で、4月に発足した厚生労働大臣指定法人「いのち支える自殺対策推進センター」の代表でもある清水康之氏は、原因についてこう指摘する。
「今後詳しく分析するが、2つの可能性がある。1つは新型コロナウイルス感染拡大の影響で、(自殺者数が)増加に転じた可能性。もう1つは、7月の若手有名俳優の自殺報道の影響だ」
今回は、特に女性の増加が顕著だ。昨年との比較では、5月まで減少していたのに、6月にプラス6人と増加に転じ、7月は82人増、そして8月は186人も多かった。
この現象で思い出すのは、2011年5月に20代の女性タレントの自殺が報じられた直後の状況だ。それまで1日平均82人だった自殺者数が、自殺報道の翌日、いきなり140人に跳ね上がった。その後の1週間も、1日平均124人に増え、増加分の半数以上を20~30代が占め、女性が多かった。
今回、三浦春馬さんの自殺の第一報が報じられたのが7月18日。翌日以降も、ワイドショーなどで繰り返し報じられた。
自殺のリスクが高い人が、メディアなどを通じて自殺情報にさらされると、リスクがさらに高まることはよく知られている。世界保健機構関(WHO)は、自殺の連鎖を防ぐために、報道機関に「センセーショナルに扱わない」「繰り返し報道しない」「手段や場所を詳しく報じない」「写真や映像を用いることはかなり慎重に」などの「自殺報道ガイドライン」を勧告している。
日本でも、このガイドラインを意識した報道を心がけるメディアが増えてきたものの、写真や映像を使いながら繰り返し報じ、自殺の手段や場所、手帳に書かれたメモの内容などを伝えたテレビ番組もあった。
清水氏らは今後、この自殺報道の影響を詳しく分析することにしている。
新型コロナウイルス感染拡大の影響も懸念される。
コロナ禍との関連では当初、自殺者はむしろ減っていた。日本国内で感染者が相次いで確認された2月は、昨年比164人減。以降、毎月の自殺者数は、昨年に比べて3桁の数の減少が続いた。特に、緊急事態宣言が発出された4月は、昨年比で326人も自殺する人が減った。5月も289人減っていた。
清水氏は、「災害などの直後には、自殺者は減る傾向がある。コロナ禍で命の危険を感じ、身を守ろうとしたり、危機を乗り切るため連帯感が生まれたりして、(自殺者が)減少した可能性がある。また、もともと不安や生きづらさを抱えていた人たちが、『そういう思いを抱えているのは自分だけではない』と、ある種の安心感を抱いたことも影響しているだろう」と分析。そのうえで、こう警鐘も鳴らしてきた。
「こうした減少は一時的なもの。リスクが低下したわけではない。経済状態の悪化により、生活苦や今後の不安など、自殺につながるリスクは高まる。対策を取らなければ今後自殺に追い込まれる人が急増しかねない」
実際、自殺者数は6月に前年比96人減と減り幅が少なくなり、7月に増加に転じた。その経緯を見ると、自殺報道の影響だけとは考えにくい。生きづらさを抱えながら4月、5月にはなんとか持ちこたえていた人たちが、コロナ禍でさまざまな支援に制約が出るなか、力尽きてしまった可能性もある。
自殺対策推進センターが4月末、自殺防止や自死遺族支援等に取り組む全国の民間団体に調査したところ、新型コロナウイルスの影響で、8割以上が活動の制限や休止を余儀なくされていることがわかった。その後、多くの団体が活動の再開をしているが、財政面などから感染対策で苦労しているところも多い、という。
政府や自治体は効果的な対策を
経済悪化の影響も心配だ。
信用調査会社・帝国データバンクによると、新型コロナウイルス関連での倒産第1号が確認されたのが2月26日。それから61日目の4月27日に100件目が確認されたが、増加のスピードは上がり、200件目が確認されたのは、35日目の6月1日だった。以後も月に100件ペースで増え、9月8日に500件に達した。自治体別では、東京都、大阪府、北海道の順に多く、業種別では飲食店、ホテル・旅館、アパレル小売店の順になっている。
倒産件数は6月、7月をピークに、少し落ち着きを取り戻しているように見えるが、同社は「事業存続のために従業員削減などのリストラに取り組む事業者、事業継続を断念し、倒産ではない『廃業』として姿を消している事業者が相当数存在していることを考慮すべき」としている。
信用調査会社・東京商工リサーチが中小企業(資本金1億円未満、個人企業等)を対象に行ったアンケート調査(7月28日~8月11日)によると、「コロナ禍の収束が長引いた場合、廃業(すべての事業を閉鎖)を検討する可能性」について、「ある」との回答が8.5%(9644社中、821社)だった。「これは全国の約358万社の中小企業(経済センサス、総務省・経済産業省)を基にすると、単純計算で30万社を超える企業が廃業の危機に瀕していることを示す」と同社は指摘している。
厚労省の調査によると、コロナ関連の解雇や雇い止めは9月初めで5万人を超え、その増加のペースも上がっている。今後、失業率が上がり、生活苦に陥る人が増える懸念がある。
すでに生活困窮に陥っている人は少なくない。NPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」の調査では、コロナ禍で母子家庭の18.2%が食事の回数を減らし、14.8%が1回の食事量が減ったと答えている。
厳しい雇用情勢が続くなか、政府が特例として枠を拡大して行っている「緊急小口資金」(減収となった人に最大20万円を貸し付け)と、「総合支援資金」(失業や減収した人に月最大20万円を原則3カ月、最大6か月まで貸し付け)には申請が後を絶たない。このため、政府は9月末としていた特例の期限を、年末まで延長した。
「自殺対策推進センター」の清水代表は、「1人親家庭などの経済状況は深刻で、来年以降どうなるかわからない不安を抱えている。政府は、緊急小口資金等の再延長を早く決定するなど、困難な状態にある人たちの不安を取り除いて欲しい」と訴える。
そのうえで、今後の自殺対策についてこう提言する。
「(自殺者の)年齢、地域、職業、性別や(自殺の)日付や要因などのデータをしっかり分析し、どういう人にリスクが高まっているのかを見極めて、そこに集中的に効果的な対策を行っていくことが必要。これまでの自殺対策の効果についても検証を行っていくが、このコロナ禍では、特に具体的な対策を実施する市町村と民間団体への支援が大事だ」
今回の自殺者増が、増加のトレンドに移行しないよう、政府や自治体には、分析に基づいた効果的な対策をとってもらいたい。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)